9.灯火の源へ 跡地
夕食を頂き、二人は部屋へと戻って一晩休んだ。スノウが同じ部屋という事に、テミュリエは始終戸惑っていたが、ベッドに横になる頃にはなんとか気持ちを落ち着かせていた。
「明日、そのイシズの墓のあったところに連れてってよ。何をしてたか、痕跡が見たい」
隣のベッドに横たわるスノウに伝えると、背中越しの彼女は振り返らずに首だけを動かし返事をした。そのまま何も言わないから、テミュリエは起き上がって肩に触れようかと思ったがやめた。
「おやすみスノウ」
その声にも、スノウは返事をする事ができなかった。
その夜。スノウは懐かしい夢を見た。
ギルバート達の護衛でコンゴッソからコカリコまで移動した時の夢だ。焚火を囲んで、一緒に作った夕食を食べて、他愛のない話をした。ギルバートの仲間はみんな愉快で明るく、毎晩声をあげて笑わせてくれる。
飲み物を口にして、彼らの楽しい話に耳を傾けながら微笑んでいるセフィライズのすぐ隣に、スノウは座っていた。
「おかわり、いりますか?」
彼に声をかける。スノウへ振り返った彼の表情がよく見えない。いや、顔が全体が真っ暗なのだ。
「セフィライズさん」
「ありがとう。もらうよ」
スノウは目をこすった。差し出されたコップを受け取れないでいる。どうしても、何度見ても、はっきりと彼の顔がわからない。
「どうした?」
「お顔が」
「何か、ついてたかな」
違う。スノウは自分の目がおかしくなったと思って何度もこすった。それでも見えない。手を伸ばして、その顔に、頬に、触れようとした時。
「スノウ、起きてよ」
テミュリエの声で目を覚ました。
体を起こし、胸元に手を当てる。何度か深呼吸を繰り返し、必死に夢を思い出そうとした。消えていく、懐かしい夢が、起きた瞬間に雪にように溶けて消えていく。
「大丈夫?」
いやだ、忘れたくない。忘れたくない。スノウは目をぎゅっと瞑った。思い出す、その時の事を。まだ、ちゃんと。
「体調、悪い?」
「ごめんなさい」
スノウは精一杯の作り笑いでテミュリエを見た。言葉にできない。この気持ちを分かち合う人がいない。いや、世界に唯一ひとりだけ、同じ喪失感を抱えている人がいる。
あの時から、決して口を開かなかった。スノウと話す事を拒んでいた。何も言わずにいなくなってしまった、シセルズだけだ。
「もう大丈夫。少し怖い夢をみただけなんです。おはようございます」
朝食を頂き、ギルバートと別れを惜しむ。宿を出る間際、スノウは彼らの一番下の赤ちゃんを抱きかかえさせてもらった。ふにゃふにゃで、思ったより重くて、顔が赤くてくしゃくしゃの、柔らかな命の灯火。スノウの足元に昨日の双子もまとわりついて、サヨナラの挨拶をしてくれる。
今ここにある。当たり前のような幸せ。これが未来ずっと続いていくのは、きっと彼のおかげだとスノウは強く思う。世界樹がなければいつか終わるはずだった世界。でも今は。
彼が叶えたかった事が、やりたかった事が、今はっきりと、わかった気がした。
二人は出発前にコカリコの街の中央へ向かった。ギルバートが言った通り、広い通りに以前あった大穴はない。
テミュリエは無言でその場所に近づき、膝をついた。地面のあたりに手を添えて険しい表情を浮かべる。
「何か、わかりましたか?」
テミュリエが言う痕跡があったのか。スノウは立ち上がった青年の顔を見上げた。
「……禁忌だ。何かはわからないけど、酷い穢れの痕がある」
禁忌の魔術はマナを穢す。それは巡り巡って世界樹を枯らす原因ともなりえるのだ。
「エルフはマナの流れや穢れを察知する能力にたけてる。俺は半分だけど、こうはっきり残されたら、すぐわかる」
「そうなんですね」
人間のスノウにはわからないものが、テミュリエには見えているのだろう。同じ場所に膝をついてみた。地面に手を当ててみる。何も感じる事はできなかったが、テミュリエの言う通り穢れているのだとしたら、癒しの力は浄化に使えないだろうか。
「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣ユニコーンに身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり」
久しく使っていなかった魔術。地面を今一度見るも、先ほどと何も変わっていない。
「すごい。スノウは怪我だけじゃなくて浄化もできるのか。まるでエイルみたいだ」
「浄化、できていますでしょうか」
「スノウには見えないのか……うん、大丈夫。跡形もなくなった」
「それは、よかったです」
せっかく芽吹いた命の源が失われてしまったら、セフィライズはなんの為に。そう思うと、シセルズが何故禁忌を犯そうとするのかがわからなかった。何をしようとしているのか、何が目的なのか。




