8.灯火の源へ 夕食
「それで、スノウさんはどうしてコカリコに?」
「はいちょっとその……白き大地に行こうかなと、思いまして」
「なるほど。今回はセフィと一緒じゃないんだね」
「あ、はいえっと……」
スノウは口ごもった。それを横で見ていたテミュリエがため息をついてはっきりと答える。
「あいつなら死んだよ」
「え! ええ!?」
信じられないといった顔のギルバートは、うつむくスノウを見る。その隣でテミュリエが不機嫌そうな表情をしていた。
「ど、どうし、え??」
死ぬような奴じゃない。というのがギルバートの最初の印象だった。長くアリスアイレス王国とリヒテンベルク魔導帝国が戦争をしていたは知っている。彼の故郷であるコカリコの街でも、一部の物資が不足になったり値上がりしたりという事もあった。
「まさかぁ、だってあんなに強かったのに……戦争で?」
「あいつは」
「そう、なんです。その、最前線で……」
テミュリエが『世界の中心』についての話をしようとしていると思い、スノウは遮った。言葉を濁しながら、開戦とほぼ同時期に亡くなったという嘘をつく。
テミュリエはそんなスノウを見て、一瞬口を開きかけたが、しかし何も言わなかった。
「そっか……そっかぁ……」
ギルバートは深く息を吐きながら天を仰いだ。両手で髪の毛を書き上げて、深いため息をつく。しばらく彼は黙ったままだった。スノウもまた、ギルバートの反応にそれ以上何も言えず、黙って水を飲む。
「なるほどね、だから白き大地か。だからか……」
はぁーっと深めの息を吐いて戻ってきたギルバートは、テーブルに肘をつきながら言った。
「つい一週間ほど前にさ、セフィのお兄さんとかいう人と会ってさ」
「シセルズだ!!」
テミュリエは今にもテーブルを叩き割る勢いで手をつく。前のめりになりながらギルバートに詰め寄った。
「どこに行くって? あの野郎、なんて言ってた?」
「え、何? どうしたの?」
「テミュリエ、落ち着いて」
感情が一気に高ぶってしまったテミュリエをなだめようと、スノウはテーブルの上、テミュリエの手の上に自身の手を重ねた。
「ギルバートさん、その……シセルズさんと会われたのですか?」
「あ、ああうん。中央に大穴が開いたの覚えてる? あの、変な祭壇があった場所。白き大地の民が何かしてるって騒ぎになったから、セフィかと思ったらお兄さんだったっていう」
「変な祭壇……? イシズの墓の事か?」
「え?」
「あの、ギルバートさんその。ヨルムの封印の場所ですよね。一緒に降りていった」
「うんそうそう。もう埋まってるんだけどね。そこでね、何か怪しいことをしてるって」
テミュリエはギルバートの話を聞きながらぶつぶつと考え事を始める。それを彼は不思議そうに眺め、スノウはそれを取り繕うかのように話し続けた。
ギルバートの話では、その祭壇のあった場所で何かの魔術を行っていたらしい。街中に吹き乱れる程のマナの流れの中心地。ヨルムの祭壇はすでに埋め立ててしまって更地となっている。そこに剣を突き刺して祈りを捧げる白き大地の民、シセルズが立っていたのだ。その後姿を完全にセフィライズだと思ってしまったギルバートは、名前を呼びながらシセルズの肩を叩いた。
振り返ったその白き大地の民が、とてもセフィライズに似ているも別人だということに気が付くのと同時。シセルズもまた、セフィライズと間違われた事に驚きを隠せない様子だった。
「ついセフィと間違えちゃって。でもそのおかげで僕の宿に泊まって、ここで昔話とか色々聞かせてもらったんだ。その時は死んだなんて言ってなかったから。でも今思えば、そんな話し方だったかもしれない」
ギルバートはほんの一週間ほど前に話したばかりのシセルズの事を、とても懐かしむかのように目を細めた。
「あいつ、どこか行くって言ってなかったか?」
「ああうん。白き大地に行くって言ってたよ。スノウさん達と同じ目的かな?」
「やっぱり……」
セフィライズと兄であるシセルズ。そしてスノウもまた白き大地を目指している。ギルバートは彼らの目的を勝手に弔いだと思った。
「スノウさんは、大丈夫?」
「え?」
「大丈夫じゃないから、白き大地に行くのかな?」
「白き大地に行くのは……」
そこに、セフィライズがいると強く思ったからだ。ワルプルギスの夜、世界樹に触れたあの時。疑いようがない程にはっきりと、白き大地によく似た場所で、世界樹の根に囚われた彼を見たのだ。
わかっている。幻想だと。それでもその場所に行かなければ、自分の目で見なければ。そうでないと自分を納得させる事などできない。
「……もう大丈夫です。でも、お別れを……さよならを、言いたいのかもしれません」
どうしたいのか、自分が一番わからない。大丈夫、わかっている。でも納得できない。信じられない。そんな言葉ばかりが頭の中を支配する。




