5.灯火の源へ 痕跡
「テミュリエ、わたし……白き大地に行きます」
「え?」
自分の目で確認しないと納得できない。あれはたしかにセフィライズで、白き大地に彼は今も世界樹の根に飲み込まれて存在しているのだと思ったのだ。行かなければという気持ちが焦り、スノウは世界樹の根を降りようとする。その腕をテミュリエが掴んで止めた。
「待って。もう夜だよ!」
「いらっしゃるんです。セフィライズさんが、白き大地に。わたし、さっき見たんです。だから」
離してと、スノウは腕を振り払おうとする。しかしテミュリエは強くスノウを引くと、軽くその体を動かして、幹に押し当てた。
「落ち着いてって。あいつは死んだんだって! 生きてるわけ」
あの場所で、彼は根に体を飲まれながら手を伸ばしていた。呟いたその言葉は、まぎれもなく彼女の名だった。待っている。まだ彼は、いる。
「諦めたいって、思うの。でも……自分の目で見たら、納得するから。だからわたし……」
諦めたい。でもまだ。その気持ちは本当だった。受け入れなければいけないとわかっているのに、ずっと自分を納得させられないでいる。
「……それ、本当?」
テミュリエは幹を背にしているスノウの細い肩を掴んだ。
「本当に、白き大地に行ったら、納得する? もういないって。死んだって、理解できる?」
「……はい」
「わかった。じゃあ俺が連れてってあげる。でも出発は明日の朝ね」
テミュリエの黄緑色の瞳が強くスノウを見る。肩を掴んでいた手を放し、青年は少し離れたところで腰に手を当てた。
「スノウ一人じゃ危ないし。それに俺ね、実はスノウに会いに来たわけじゃないんだ」
夜の暗さの中でも、浮遊するマナの灯火ではっきりと見えるテミュリエの表情は、どこか硬い表情をしている。
「俺、シセルズを探しに来たんだ」
「シセルズさんを、ですか? シセルズさんなら、数か月程前から」
「知ってる。あいつは二か月前にエルフの森に突然やってきたから」
「え、えぇ?」
「白き大地の民達が大喜びでさ、あの原罪の兄って聞いたときはびっくりした。でも、シセルズは」
怒りの混じった決意の色がテミュリエの瞳に宿った。眉間にしわを寄せ、スノウをまっすぐ見つめる。
「突然、エルフの森に火を放った。その騒ぎに乗じて、ヘイムダルを傷つけたんだ。そして奪うように持って行った」
「な、なにをですか?」
「宿木の剣と王の写本だ! それを持って姿をくらませた。だから俺は、あいつを探してる」
眷属と契約をしなければただの剣でしかない宿木の剣。しかし神器である事には間違いない。そして白き大地の民の秘宝である王の写本。世界樹の種子の模造品であるそれもまた、巨大な力を秘めた神器に他ならない。
「どうして、シセルズさんはそんな事……」
「俺が聞きたいよ。あいつは魔剣グラムも持ってる。神器を三つも持つ理由なんて、俺には悪いことしか思いつかないね」
ヘイムダルを傷つけ、森に火を放ち奪われた神器。それをもって何を成そうとしているのか。スノウはシセルズの行動に戸惑いを隠せず、胸のざわめきを押さえるように手を当てる。
「ちょうど白き大地にも行きたかった。シセルズの痕跡を探したくてね。何をしようとしてるにしても、白き大地は重要な場所だ」
「それは、どうしてですか?」
「術者の生まれた場所は、本人と強い力で結ばれている。神器を三つも使う程の何かをするのであれば、必ずその場に痕跡を残すはずなんだ」
テミュリエが言うには、大きな魔術には準備がいる。その為には、ゆかりの地を訪れる必要があるのだ。そこで何かしらの痕跡を確認すれば、何をしようとしているのか想像がつく。
「世界樹にも何か痕跡を残していったんじゃないかと思ったけど、まだ何もされてないようだし。先に白き大地に行ったのかもしれない」
だからちょうどよかったのだ。ちょうど白き大地に行くつもりだったのだとテミュリエは笑う。しかしその目は真剣そのものだった。




