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4.灯火の源へ ワルプルギスの夜



 かがり火が中央の巨大な焚火を囲むように並んでいる。その炎の明るさと同じぐらい、周囲はマナの輝きで満ち溢れ、まるで昼のような明るさだった。出店が並び、陽気な音楽とともに見世物が催されると、人々は楽しそうに笑いながらそれの周りに集まっている。

 テミュリエは率先してスノウの手をひき、屋台から食べ物を購入して渡したり、ダンスに誘ったり、手品を見せたりした。彼自身、お祭り自体は初めての経験で、立派な大人の姿をした青年の顔に、幼さが蘇ったようだ。


 楽しそうにしていたテミュリエが、しばらくしてその喧騒から離れる。スノウをつれて、ひとつのかがり火のそばへと腰かけた。


「はー、疲れた。すごいね、お祭りって」


「そうですね。今日は戦争が終わって初めての、ですから」


「楽しかった?」


「えぇ、その……テミュリエは、楽しかった?」


 立派な青年なものだから、丁寧に話したらいいか、それとも当時のように気さくに話したらいいか、スノウは戸惑いながら言葉を選ぶ。テミュリエが面白そうに笑った。


「かしこまらなくていいよ! もっと、普通にしてていいから。お祭り、俺は楽しかったよ。スノウは?」


「少し……眠くなってきました」


 楽しそうに騒ぐ人たちを遠めに眺める。その瞳の色が、とても哀愁に灯っている気がして、テミュリエは思わず手を伸ばした。


「スノウ、行こうか」


「え?」


「お別れだよ。今の人たちは知らない、古いしきたり。白き大地の民がやってたやつだよ」


 差し出された手をとる。「行こうか」が、別の声と重なって聞こえたことを、テミュリエには言えなかった。

 青年に手をひかれ、祭りの中心地から離れると深夜の冷たい風と静けさに満ちている。それの中を通りながら、テミュリエが向かったのは世界樹のほとりだった。

 大樹の周りは国立公園に整備され、夜になると誰もいない。歩道から外れ、白詰草の広がる芝生の上を進み、巨大な根の端を上っていく。テミュリエは戸惑うスノウに上から手をのばし、幹の上までいざなった。


「ほら、手を出してみて」


「こんなところまで登って、怒られませんでしょうか」


「誰も見てないから平気だって。それに、ワルプルギスの夜っていうのは本来、世界樹の周りでやるもんだし。みんなで祈りを捧げるんだよ」


 笑いながらテミュリエはスノウの手を取り、幹に押し当てる。その上から自身の大きな手を添えた。


「目を閉じて」


 スノウは言われた通り、大きな深呼吸と共に目を閉じる。


「我ら世界樹の恩恵を授かりし子。万物に敬意を払い、巡りゆくその魂に深い祈りを捧げる。今この時、我らはみな世界の中心」


 テミュリエの発する言葉で周囲の灯火が集まる。その光は、幹に手を添える二人を包んだ。あたたかさが胸の奥からこみあげてくる。

 詠唱の言葉が終わると、スノウは目を開けた。しかしそこにあったのは、幹に手を添えた自身の手ではなかった。


 別の空間。どこまでも続く深く続く世界。揺蕩うような光。魂の回廊の中、セフィライズを探して彷徨った世界にとてもよく似ている。

 振り返るとテミュリエはおらず、その空間を一人佇んでいる。さ迷うように足を進めると、踏んだ場所から光が零れ落ちるように溢れて消えた。


「て、テミュリエ?」


 どうなっているのかわからない。スノウは戸惑いながらしばらく歩くと、目の前に宙に浮いた窓があった。その向こうがまぶしくて見えない。そっと、その窓のふちに手を伸ばす。ガラスのような空気の層に遮られ、向こう側は覗き込む事しかできなかった。まぶしいその向こう、目を凝らすとそこは。


 似ている。とても。白き大地に。

 セフィライズと共に赴いた地。萌黄色に染まる鮮やかな草原。鉛白の崩れた建物。白茶色の幹に浅緑の葉が揺れている。空は高くどこまでも続く青に見えるのに、何かをなくしてしまったかのように切ない静けさを含んでいた。

 そしてそこに、大地から世界樹の根の一部が、ところどころ上を目指している。その、根の一つに、白い人影があった。よく見えない、ずっと遠いそれにスノウは目を凝らす。根に足と右手を飲み込まれ、そこから動く事ができないその白い人。

 その人は手を上げた。近づいてきた白い鳥に指を伸ばし、その人差し指に止まった瞬間、鳥は壊れるように崩れ、灯火となって上へ登っていく。それを見送るように顔を上げた瞬間、はっきりと見えたのだ。それは紛れもなく。


「セフィライズさん!」


 スノウは宙に浮くその窓を強く叩いた。何度も何度も叩いて、大きな声で彼を呼ぶ。しかし決してその窓は開く事はない。覗く向こう側で彼は下を向いている。そして言葉を吐いた。


 スノウは口の動きから、それが自身の名だと気が付いた。その瞬間、スノウはもとに戻っていた。


 スノウの手は幹に押し当てられ、その上からテミュリエが手を重ねている。夜の静けさとひやっとした空気。あたりは可視化されたマナのやわらかな光に包まれて、それが上へ上へと昇っていく。


「次はお祈りね。スノウ」


「テミュリエさん、今……いま、わたし……セフィライズさんを見ました」


「ええ? それはあれ、スノウが心に思い浮かべていたからだよ。詠唱をしたら、次は膝をついて黙とうするんだよ。それで、故人を想う」


「で、でも。見たんです。白き大地に、セフィライズさんがいらっしゃって」


「一緒に行った記憶でも思い出してたの?」


「違います! 本当に、本当に……」


 一緒に行った白き大地であのような場所は見なかった。だから、記憶が見せた嘘なんかじゃない。絶対に、あれは彼だった。








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