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3.灯火の源へ 死者との距離



 スノウはセフィライズのログハウスにテミュリエを招き入れた。お茶を出せるような食器類まはだ整っておらず、暖炉の前の古びたソファーへ案内する。

 テミュリエはあたりを珍しそうに見ながら座った。


エルフの森(ホルトゥラーヌス)からわざわざ。大変だったでしょう。どうやって来たのですか?」


「壁がなくなってからエルフの森(ホルトゥラーヌス)とここはもう陸続きだよ。普通に旅しながら来た。それにしてもスノウはほんとに変わらない。あの時のまんまだね! ちょっと美人になった?」


 からかうように笑うテミュリエに、スノウは照れ笑いを浮かべる。目の前の青年が変わりすぎて、自身の五年の変化など、ほんとうに大した事ない気がしたのだ。


「ここに来る前に世界樹の横を通ってきたよ。原罪は、死んだんでしょ?」


 その質問に、スノウは答えられなかった。自身の口からその言葉を出すと、泣いてしまいそうになるからだ。


「まぁそういう()()だから仕方ない。よかったよ、あのまま抱え込んで死なれるよりこうしてちゃんと世界樹を芽吹かせてくれたんだから」


「セフィライズさんは……!」


 悪気のないテミュリエの発言に、何故だかものすごく心が痛んだ。

 そういう()()なのだ。仕方がないのだ。ただ犬死するより、世界樹を残してくれたのだ。そんな事を言われなくても、スノウには痛い程理解ができている。

 世界の為に、彼は消滅を選んだのだ。でも。


「テミュリエ、そんな風に……軽く、言わないで。ごめんなさい」


 世界なんかいらない。彼に会いたい。そう思っている自分がいる。最後にもらった言葉の意味を、もう一度聞きたい自分がいる。スノウは胸に手を当て、目をぎゅっと閉じた。苦しい。とても。


「スノウ、死んだ奴のことなんて気にしちゃだめだよ」


「死んで、いらっしゃるとはまだ」


「何言ってんの。世界樹の発芽には大量のマナがいる。白き大地の民の器なんてあっという間に」


「わかってるの! わかって、るの……でも……」


 彼らの体は残らない。わかっている。目の前で消えていった彼は、マナになって溶けて、世界の一部になったのだ。それが、彼らの『死』だ。そんなことはわかっている。


「どうしてか、わからないけれど。でもなんだか、まだそこに、いらっしゃる気がするの。とても、近いところで、待っていてくれてる気が……もう少し、それを……感傷に浸ってるだけだっていうのは、わかっているの。でも……もう少し」


 もう少し、このくだらない希望を。ありもしないものを。持ち続けていたい。


「……ワルプルギスの夜なんでしょ。今日」


「え、ええ」


 ワルプルギスの夜は古い伝承の中にしか残されてない現象だった。世界樹の復活と共に、毎年起きるそれは、本来、世界樹の恩恵に感謝し、邪悪なるものから守ってもらう為に神々に祈りを捧げるためのもの。そしてその年に死んだものとの、別れを惜しむためにある。


「一年で一番、死者との距離が近くなる日って、言われてる。知ってた?」


「い、いいえ」


「今日が一番、近くに行けるんじゃない? スノウはさ、心の整理ができてないんだよ。ちゃんと、お別れしたほうがいい。一緒に行こうよ、もうすぐ夕方だよ!」


 夜になれば次第に、マナが淡く光り空気を満たしだす。テミュリエはスノウに会いに来る途中、祭りの準備に余念がない人たちの活気を見てきた。スノウに手を掴み、強く引く。


「お祭り、一緒に行こう!」


 今年は戦争が終わって初めてのワルプルギスの夜だ。いつまでも死んだ人の事を考えてふさぎ込むより、お祭りで楽しんで、そしてしっかりお別れをして、心に区切りをつけた方がいいに決まっている。テミュリエはそう思った。







 ログハウスから出て世界樹を横切る頃には、太陽は山脈の峰へと沈む。空気が冷えると同時、次第に周囲にほのあたたかな光が浮き始めた。エルフの森(ホルトゥラーヌス)で見たものに似ている。

 そして何より。

 スノウは自然と胸元に手をあてる。目を閉じると、瞼の裏に浮かんだのは紛れもなく彼で。その彼の腕から滴る血液が、地面へと落ちるより早くあたたかな光に、マナになるのだ。そしていま、世界中を満たし始めた光は、セフィライズの光にとても似ている。

 彼女の手をひくのは、褪せたブロンドの髪のハーフエルフの青年。


 あぁこれがどうして、彼でないのだろう。

 そんな事を、まだ思ってしまう。








 



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