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外伝 兄の憂鬱 8



 シセルズはスノウがいないタイミングを見計らって、セフィライズに会いに行った。相変わらず疲れた顔で机に肘を付き、頭を抱えながら仕事をしている。


「セフィ、最近どーよ」


「忙しい……来週からはまた公務で出るから。しばらく戻ってこないよ」


「あんま無理すんなよ」


 どう話を切り出したものか。シセルズはセフィライズの机の端に座って足をぷらぷらさせた。しばらく黙ってセフィライズの作業を見守る。細かい字で、丁寧に文字を綴ってる。無駄に真面目だから手を抜くなんて事もしないし。本当にそのうち過労でぶっ倒れそうだと思った。


 昼を伝える金の音が聞こえる。作業を止める事なく、カリカリと紙をひっかくつけペンの音だけが響いた。


「昼飯は?」


「今日はいらない」


「今日も、だろ。食いに行こうぜ」


「いや、ちょっと無理かな」


「少しは休憩しろって」


 そう言って机から飛び降りる。頭に腕組みをして、また話の切り出し方を悩んだ。もう遠回しに聞くのは無理だ。


「お前、スノウちゃんとキスした?」


 直球で投げた。カリカリと紙を引っ掻いていた手が止まる。


「……兄さん」


「何?」


 もしかして怒ったのかなって、シセルズは慌てた。振り返ってセフィライズを見ると、作業を止めて深く椅子に腰を落ちつけながら遠くを見ている。


「……キスって、どうやってするものなの?」


 お前もかよ! って、言いそうになったのを止める。ああそこからかと、頭を抱えた。


「どうって、こう。顎をくいっと持ち上げてそれで」


「そうじゃなくて。その……どういう、時に?」


「どういう時って……」


 面倒くさい。わかっている、こいつはちょっと特殊だって。わかっているけれど面倒くさい。大きなため息をついて、シセルズは手頃な椅子に座った。


「したいなって、思った時だろ……」


「思った時に、していいの?」


「ああそうだよ。こう普通に……。同意とかいらねぇからな。お前ら付き合ってんだから。相手に聞いてからとかそいう質問はするなよ。だから、思ったら実行すればいいの。わかった?」


「わかった……」


 セフィライズが納得した表情で仕事に戻る。シセルズは思い出したように話を付け加えた。


「その先は、俺に聞くなよ。そればっかりは、面倒見れないからな」


「……スノウの、能力を考えたら。それは……」


 ああ、やっぱり気にしてるのかって。シセルズは思った。一緒に無くなるものが大きすぎて、責任なんて取れるわけがない。癒しの力は彼女の心を構成する一部だろう。それを無理やり奪い取り消し去るなんて。真面目で少し考えすぎるセフィライズなら、躊躇するのは当たり前だ。


「俺はさ、別にいいんじゃねぇかって。思うんだけどな」


「よくない」


「じゃあ聞くけど、セフィはスノウちゃんが治癒術を使えるから、好きになったのか?」


「そうじゃないけど……そういう、問題じゃないと思う」


「まぁ、そうだよなぁ……」


 わかってる。彼女とずっと一緒にいたいと思ったのは何も、治癒術が使えるからじゃない。使えなくなったら、彼女が彼女じゃなくなるわけでもない。そんな当たり前の事はわかっているのだ。


 その時、わかりやすくセフィライズのお腹がなった。恥ずかしそうに腹に手を添える。


「朝飯食ったのかよ」


「昨日の夜から食べてない」


「食っとけ!」


 シセルズは弟の手を掴んだ。嫌がっている彼をぐいぐい引っ張り、椅子の上から移動させる。


「おら、飯食いに行くぞ!」


「ちょっと、待って……」









 食堂まで無理やりひきずって、空いている席に強引に座らせる。シセルズは今日のランチ、山盛りを二つひっつかんで戻ってきた。目の前に置くと、こんな量食べれない、といった表情のセフィライズと目が合う。


「昨日の夜、朝、昼飯の分と考えたら少ないぐらいだろ」


「一度に食べる事を考慮してない」


「あのな、相当疲れた顔してんぞ。知ってんのか。今日は食ったら寝ろ」


「無理だよ。まだ」


「うだうだ言ってねーで、食ったら今日は帰れ!」


 ぶっ倒れるぞ、と付け加えて弟の額を人差し指でこづく。不満そうな表情だが、とりあえずとてもお腹が空いていたのか黙々と食事を始めるも、しばらくすると案の定手が止まり出した。


「おら、残ってんぞ」


「もう、お腹が……」


「意外と少食だよな」


「普通だと思うけど」


「もったいないから食えよ」


 手伝う気はない。というか手伝えない。シセルズも大盛りを食べている。早々に完食して水を飲み、一息をついていると、目の前のセフィライズが苦しそうにしながら最後の一口を飲み込んでいた。

 たくさん食べると人は眠くなるものだ。シセルズはこれが狙いだった。あーだこーだと問い詰めたところで休みはしないのだ。なら、物理的に休みたくなるように仕向けるしかない。


「あ、セフィライズさん!」


 スノウの声がした。パタパタと小走りに、とても嬉しそうな笑顔でスノウがやってくる。シセルズは挨拶に片手を上げて見せ、セフィライズは机に肘をついて頭を抱えながらチラリと彼女を見た。


「おはようございます、シセルズさん。セフィライズさんも、今日はお食事をされたのですね。よかったです!」


 普段昼食を取らないから、食べてくれると嬉しい。そういった表情のスノウは、そこに立っているだけでとても和む。セフィライズがゆっくりと立ち上がった。もう行くのかなと、シセルズが思ったその時だった。

 彼がスノウの手をグッと引く、すぐそばまで行って、そしてまるで自然に。そう、とても自然に。


「ひゃぁあああああ!!」


 食堂にスノウの悲鳴がこだました。シセルズもまた、目の前で突然起きた出来事に頭が追いつかず半分立ち上がりながら固まった。

 本当に自然に、目の前でセフィライズがスノウの唇に自身の唇を重ねたのだ。この食堂で、人が沢山いる、その目の前で、何の戸惑いもなく。


「……お、おい!」


 いやいやいやいや、お前の頭どうなってんだって、全力でツッコミそうになった。スノウは湯気が出そうな程に顔を赤くし、恥ずかしくてしかたないようだ。顔を隠して肩を震わせている。


「な、何してんだ、セフィ!」


「何って……さっき兄さんが、したいなと思った時にしろって……」


「ッあーー、もう俺には無理だわーー」


 お手上げだわー、と大きな声を出しながら彼は椅子に深く腰掛けた。




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