外伝 兄の憂鬱 6
セフィライズの執務室に一旦全員が移動する。リシテアは沈んだ表情で手を握って立っていた。
「リシテア様、一般の場所に来られる際は、必ず付き添いをつけて頂いて。あと事前に連絡をしなければ騒ぎになります」
セフィライズの指摘に、シセルズはそこ!? とツッコミを入れたくなったが耐えた。言ってることは何一つ間違っていない。ただ、普通ならどうしてあそこにあんな姿で現れたのかという事を、聞くべきではないだろうか。
「それで……どうして」
「わたくし、あなた方が心配でしたの。それで」
「リシテア様の心配されるような事は何もございません。今後はあのような事は控えて頂けますか」
その口調と声の抑揚から、スノウはセフィライズが少し怒っていると思った。リシテアの前に立つ彼の服をつまむ。気がつき振り返ったセフィライズに微笑んで、そして一歩前に出た。
「リシテア様。どのようなご心配事がございましたか? わたしでよければ、聞かせて頂けませんか?」
スノウは物腰柔らかにリシテアに近づいた。俯いている彼女の手を握る。
「わ、わたくしは。あなた達がイチャイチャしてないと聞いたので。とても不安になりましたの、だから」
「は?」
セフィライズは何の話だと言いたげに怪訝な顔をして頭を抱えた。その後ろでシセルズもまた、もうこの状況をどうしていいかわからない、とため息が出る。
リシテアの素直な言葉に、スノウは一瞬焦ったが、心を落ち着かせ優しい声を出した。
「それで、様子をうかがっておられたのですね?」
「そうよ。あまりにも恋人同士に見えないものだから」
「仕事中ですから」
そう言ってため息をつくセフィライズに、シセルズは後ろから、いつもだろと頭を叩いてやりたくなったがやめた。
「セフィライズが、別の女性から誘われているところをスノウが見たら、きっと嫉妬するし嫌でしょう? だから」
ああなるほど。嫉妬させて本音を言わせちゃおう作戦か、とシセルズは後ろで納得した。ただ、完全にリシテア本人の喋り方で、しかも声を変える気もなかったから秒で気が付かれてしまったのだ。
その作戦、全然効果ないんだよなぁ……と、シセルズはため息をつく。しかし、一瞬止まった。今リシテアが言ったのは、セフィライズを嫉妬させよう、ではない。スノウを嫉妬させよう作戦だ。
そういえば、セフィライズばかりをどうにかしようと思っていたが、スノウ自身はどうなのだろうか。シセルズはリシテアの手をとり、彼女の話をうんうんと優しく聞いているスノウを見る。
セフィライズに、デートに行きたいだとか、手を繋ぎたいだとか、もっと一緒にいたいだとか。そもそもスノウも言っていないのではないだろうかと。確かに男性から誘った方がスマートかもしれないが、でも別に、恋人同士ならそんな事を気にする必要などないのだ。
「リシテア様、ご心配ありがとうございます」
そう言ってにっこりと笑うスノウに、沈んでいたリシテアが段々と元気を取り戻し出し始める。
「そもそも、あなたが悪いのよセフィライズ!」
「何がですか……」
深いため息をついているセフィライズの前に、リシテアはずかずかと進んだ。
「あなたが、スノウをもっと、大切にしないから!」
「……しています」
「いいえ、全然スノウを喜ばせるような事をしないでしょう? だからスノウが不安になって、シセルズに相談するのです!」
その発言に、スノウの方が慌てた。セフィライズはそうなのか、と驚いた表情でスノウを見る。
「あ、あの、あの……あのッ……」
恥ずかしい。まさかシセルズにそんな相談をした事を、リシテアだけでなくセフィライズ本人に聞かれてしまうだなんて。両手を激しく振って、慌ててセフィライズの方を見る。
「セフィライズさん、あの……! あのその、ごめんなさい……」
恥ずかしくて死にそうだった。どうしていいかわからず謝ってしまう。顔を手で隠して身を小さくさせた。セフィライズが何も言わないから、恐る恐るスノウは指の隙間から彼を見る。
なんだかとても、傷ついた表情をしていて驚いた。
「……セフィライズさん?」
「ごめん……その……どう、したらいいかわからなくて。仕事で一緒にいるから別に、その……休みの日は、したいこともあるだろうし。それで……」
もっと、同じ時間を過ごしたいだとか、出かけようとか、食事に行こうとか。休みの日までは迷惑じゃないだろうか。彼女が何も言わないから。スノウの人生なのだから。自分の気持ちや感情で、無理を言うのは良くないんじゃないかって。
スノウを想うからこそ、尊重したいと思ったからこそ、何もできなかった。
「わたしこそ、その……ごめんなさい。セフィライズさん。よかったら今晩、一緒に……いてくれませんか?」
そう言って、スノウは彼の手をとった。スノウ自身も、仕事で忙しそうにして、最近は疲れた表情の彼に、何もいえなかったのだ。休日は疲れを取ってほしいから。無理して欲しくないから。そう思ってはいても、寂しかった。
その寂しい気持ちを、ちゃんと表現して、そして一緒に過ごしたいって、言えなかった。
スノウも、彼に遠慮して。
セフィライズも、彼女に遠慮して。
お互い遠慮しあって、結局手を出せないでいたのだ。




