外伝 兄の憂鬱 3
シセルズは夕方に自身の仕事を片付けて、足早にセフィライズの元へ向かった。部屋に入ると机にかじりつきながら頭を抱えている弟は何かを書いている。その横で、スノウは書類を整えていた。
「どうしたの兄さん」
チラリともこちらを見ないセフィライズが、疲れた声で言った。
「いや、仕事どうかなって」
「見ての通り、忙しい」
目が悪くなるぞと言いたいぐらいに、机にかじりついているその横まで進んだ。スノウのそばに立ち、彼女の肩へわざとらしく手を回す。
「いやー、俺さぁ。最近付き合ってた子に振られちゃって。ちょっと今日、暇してんだよねー」
ふーんと、一ミリも興味がない返事が弟から返ってきた。
「それでさぁ。どうよスノウちゃん。今晩俺と、一緒に飲みに行かない?」
そいう言いながら、スノウの肩を強く抱き寄せた。シセルズの腕にすっぽりおさまり立つ彼女は、顔を真っ赤にして慌てている。口がぱくぱくと何度も動いていた。
「ほら、スノウちゃん」
ランチの時に約束しただろ? といった視線を向け片目を瞑ってみせる。スノウはシセルズの顔を見て思い出したようにハッとした。
「あ、はい! あ、あの……わかりました!!」
その瞬間、セフィライズはペンを置いてため息をついた。食いついたかな? といった表情で弟をみると、何か不機嫌そうな顔をしながらシセルズを見る。
「……兄さん」
「なんだよ」
「……スノウは……いや、あまり、夜遅くまで連れ回して疲れさせないでほしい。明日も仕事があるから」
それだけか? と突っ込みたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。すぐに作業に戻ってしまうものだから、シセルズはさらにわざとらしい声を出す。
「いやー、すっげぇ楽しみ。なぁスノウちゃん! 食事は早めに切り上げて、俺の部屋で飲み直してもいいんだぜ」
「え、あ……あの、はい、その……よ、喜んで……」
約束したのだから、答えなければとスノウは声をかなり小さくしながら言った。何度もセフィライズを見て慌てている。
セフィライズは再びため息をついて手を止めた。相変わらず疲れて不機嫌そうな顔でシセルズを見る。
「スノウ、その……」
お、やっと餌に食いついたかな? とシセルズは安堵した。ここまでやって嫉妬しない奴なんていないだろうとシセルズは思っていたのだ。自分の彼女を別の男が、といっても兄弟だが、デートに誘っているのだ。嫌に決まっているし、断ってほしいと思うだろう。
「……気をつけて。夜、遅くならないように」
それだけぇ!? と、本当に口から出そうになった言葉をシセルズは飲み込む。
「じゃ、じゃあ夜に……迎えにくるねスノウちゃん」
「はい、わかりました! 喜んで!」
スノウと夕食を頂きながら、シセルズは浴びるように酒を飲んでいた。
「どうよ、あれって、どーなんよ!!」
愚痴りたいのはきっとスノウのはずなのに、何故かシセルズが文句を言っている。
「普通さ、普通よ? 自分の彼女をさ、他の男が夜誘って、んでもってもしかしたら一線超えちゃうかもしれないってアピールしててさ、普通よ? 許せる??」
スノウは、彼女という言葉に反応して飲んでいた果実酒を吹きこぼしそうになっていた。
「その……セフィライズさんはお優しいので」
「なにフォローしてんのスノウちゃん。あれはダメでしょ」
あんなののどこがいいのって、聞きかけたがやめた。スノウは果実酒を飲み、おつまみのチーズを口に入れている。
「わたしに……その……魅力がない、からかもしれません」
「いや、大丈夫。スノウちゃんおっぱいでっかいから」
「シセルズさん!」
スノウは自身の胸を隠すように抱いた。顔を赤らめ身を引く。
「いや、でもマジな話、スノウちゃんすっごい可愛いから安心して」
セフィライズとスノウがくっつかない。もしくはスノウとだけ会っていたら、手は出していたかもしれないとしみじみ思う。可愛らしい容姿で大人しく従順。無垢そうだし胸は大きくスタイルはいい。見た目に関してマイナス点はほとんどない。だからスノウに魅力がないとかそういう問題ではない。
どちらかというと問題があるのはセフィライズの方だ。頭のネジが外れているのか、何かパーツが足りてないのか。
「ああそっか……」
そうか。当たり前だと思った。そういえばあいつに彼女はいた事があったにしろ、相手を好きではないと言っていた。全て受け身だったはずだ。そういう意味ではスノウが初めての彼女という事になる。
どうやって付き合うとか、どうやってデートするとか、手をつなぐとかそういう、普通の人が知っていて自然とできる事を、出来なくて当たり前。
今まで散々、やりたいことや思いを口に出さないで生活してきたのだから、今更スノウにあれもこれもと思っている事を、言えるわけないのだ。




