外伝 兄の憂鬱 2
シセルズはスノウを連れて適当な店に入った。二人がけのテーブルに向かい合って座る。ランチを頼んで待っている間も、彼女はどこかソワソワして落ち着きがなさそうだった。
「どうした?」
話したい事とはなんだろうか。首を傾げてスノウに聞いてみると、彼女は手で顔を覆い、急に真っ赤になった。
「し、シセルズさん。あの、あの!」
「何?」
「あ、あ、あの……で、デート……」
「デート?」
シセルズはまさか俺とデートしたいとかじゃないだろうな。弟から乗り換えるのか? なんて頭の悪い事を思い浮かべてしまった。
「で、デートって、なんですか!!」
「えぇ?」
「シセルズさんは、その……大変モテると聞きまして。たくさんの方々と、お付き合いをされていらしゃるとその……セフィライズさんから」
あいつ、何スノウちゃんに吹き込んでんだって、悪態を吐きそうになったがなんとか笑顔を取り繕った。
「そ、それで。俺にその、デートとは何かを聞きたいと」
「はい!」
「なるほど……そうだなぁ、一緒に食事をしたりー。一緒に出かけたり、一緒の時間を過ごすことかな?」
もちろん、シセルズの目的はそれ以外に、二人きりでそれ以上の事をするというのもあるのだけれど。スノウにそれは伏せておいた。
スノウはそれを聞き、指折り数えながら頷いている。シセルズの言葉をひとつひとつ確かめるように。
「それで、つまりそれって。セフィと」
「わぁあああ、違うんです! 違うんです!!」
大慌てで否定し手を振った後、彼女は小さくなりながら「違わないです……」と答えた。
「ど、どこまでがデートなのかなって……でも、安心しました。デートって、そういう事なんですね。じゃぁ、デートしてます」
「ううん?」
納得した表情のスノウだが、どこか寂しそうにしているのだ。その理由がわからなくて、しばらく考える。その間に頼んだランチが運ばれてきた。それを食べながらシセルズはふと思う。
「セフィとこうやって、食事する?」
「はい、たまに」
「セフィとこう、会ってる?」
「はい、毎日」
「ううん?」
毎日? それは。
「それって、もしかして全部……仕事中だったりする?」
「え? はいそうです。でも、デートって、一緒に食事をしたり、出かけたり、会ったりする事なんですよね?」
はぁあああと、わかりやすい声のため息を出してしまった。シセルズは食べる事をやめて、腕を組み室内の天井をみる。いい作りの建物だよな……なんて全く関係の無い感想が頭にふっと湧いた。
自身の現実逃避っぷりに首をふってスノウを見る。
「スノウちゃん。それは仕事。いい? それは全部仕事。デートって言わないの」
「お昼ご飯は、休憩中ですからデートですかね?」
「あー……ちょっぴりデートと言えないこともないけど。この場合カウントしません」
「そ、そうなんですね」
スノウは両頬をおさえながら俯いた。
「仕事以外で、会ったりしたことある?」
「……あの、その……ないです」
「はぁぁぁ……」
お前ら付き合ってんだよな? って喉のすぐそこまで出てきた言葉を必死に飲み込んだ。ここでスノウに問いただしても意味がない。問い詰めるべきは彼女ではなくセフィライズだ。
だからか、スノウはどこか寂しそうにしているのは。仕事以外で会わないのなら、彼女ではなくただの同僚だ。
確か俺の目の前で、ずっと一緒にいてほしいとかなんとか、言ってたような気がする。あれは何ヶ月前だっけか……とシセルズは考えると、なんだかデジャブだなと思った。そういえばスノウが初めてセフィライズの下に配属された時も、似たような事を言って、それでひと肌脱いだんだっけか。と、思い出して彼は笑った。
「あ、早く食べて戻らないと。その、お仕事立て込んでまして」
「なるほど、あいつ元気にしてる?」
「はい! その……だいぶお疲れのご様子ですけど」
仕事も山ほどあって、スノウをデートに誘う暇もない。なんてことはないはずだ。遠方から帰ってきたら長めの休暇はもらっている。緊急の呼び出しはちょっと多いかもしれないが、ちゃんと休めているはずだ。
「俺、ちょっと今日。行くわ。夕方、あいつは執務室にいる?」
「はい。今日は終日おられます」
「よし。じゃあスノウちゃんは、その時俺がいう言葉に全部、はいわかりました。喜んでって言ってね。わかった?」
「はい!」
どうして弟の恋愛事情に首を突っ込まないといけないのかと思うが、仕方ない。シセルズはランチを食べ終わると、重い腰を上げた。




