外伝 兄の憂鬱 1
アリスアイレス王国は冬国から一変、世界樹の恩恵をうけ四季のある美しい気候へと変わっていた。崩壊したアリスアイレス城を世界樹の真横に再建し始めた途中。それまでの間、城の代わりとして大学の校舎が使われる事となった。
仕事を辞めて飛び出しただけでなく、アリスアイレスに対して恩を仇で返すような事をしたというのに。シセルズはカイウスの許しを得て同じ仕事に戻っていた。と言っても、今は新兵の教育もそこそこに、瓦礫の撤去や建物の修理、物資の調達などといった部隊の指揮をとっている。
あっさりと、何事もなかったかのように戻れるとは思っていなかった。ただ、カイウスには酷く怒られはしたが。それでも、変わらず信頼をおいてくれていた彼に感謝した。
慌ただしくすぎていくその数ヶ月の間に、病に伏せていたアリスアイレス王は死に、カイウスが新たな王に即位した。そしてすぐに彼は妻をめとり、即位式と結婚式と復興で大忙し。他にもリヒテンベルク魔導帝国との小さな小競り合いや、他国との外交。一変した世界での国同士の話し合い。
目まぐるしい忙しさの中で、シセルズはふと銀髪を後ろに流しながらため息をついた。
奇跡的に残っていたセフィライズの家のログハウス。窓から見えるのは雪景色ではない。
シセルズは弟が帰ってくるまでの間、家のお世話的な事を頼まれていた。一ヶ月ぐらい平気だって言ってるのに、空気を入れ変えておいてほしいだとか、細かい事を言ったりするようになって、元々そういう性格で言わなかっただけなのだろうかと思うぐらいだ。
今日も、セフィライズはいない。カイウスの諸外国巡りに付き合って、もう一ヶ月姿を見ていなかった。
「いつ帰ってくるんだか……」
眼球がなくなり陥没した左目を隠す眼帯に手を添えながら呟く。まさか自分がこんなものをする日が来るとは思っていなかった。
イシズの封印は、代々眼球に宿っている。封印を移し替えるのではなく、眼球そのものを受け継いでいたのだ。だから器の解放とともに無くなってしまった。片目しか見えない世界に多少不便は感じるものの、生きていることの方がありがたい。文句も言ってられなかった。
ログハウスの一階で物音がする。シセルズは階段を降りて確認しに行くと、今帰ってきたのか疲れた顔したセフィライズが立っていた。
「うぉ、おかえり」
「ただいま……」
「だいぶ疲れてんな」
「まぁ……うん。ちょっと、寝てくるよ」
久々にみるセフィライズは少し痩せている。肩を落としながら二階に上がっていく弟に、何か飲むかと聞いたが断られた。
疲れるのも仕方ないと思った。本当に目まぐるしく色々な事が起きたのだから。カイウスの側近であり親衛隊なのだから、カイウスが動けば必然的に仕事が増える。きっと今頃カイウスもやつれた表情で帰国したのだろう。
少しカイウスに会って行くか。そう思ったシセルズは大学の校舎に向かう。廊下を歩いていると、目の前から慌ただしく走ってきたスノウとぶつかった。
「ご、ごめんなさい!」
そう頭を必死に下げる彼女は、ぶつかった相手がシセルズだと気がついていないようだ。
「平気平気、スノウちゃん大丈夫?」
「わ! シセルズさん!」
顔を上げたスノウが驚いている。
「急いでたの?」
「あ、はい。建設作業中にお怪我をされた方がいらっしゃるとかで……」
「ああ、なるほど」
世界樹が芽吹いた事で潤沢にマナがある。そのおかげか、スノウはかなりその癒しの力を使いこなす事ができるようになっていた。骨折や深い怪我もすぐに癒してしまう。周囲には聖女と呼ぶ人もいるそうだ。ただ、何故か風邪ぐらいなら治せるのだが、重病となると癒す事ができない。
シセルズに何度も頭を下げて走って行ってしまうスノウも、とても忙しい日々を過ごしているのだろう。
それからしばらくたったある日のこと。シセルズは今日の昼飯はどこで食べようかな、と思っていたところにスノウが訪ねてくる。少し遠慮がちに、ソワソワした態度の彼女に首を傾げた。
「どうした?」
「あ、ああ、あの……シセルズさん、お昼をその……一緒にいかがですか?」
「え、俺?」
どうしてセフィライズじゃないのだろうと首を傾げたが、そういえばあいつは昼飯を食べなかったな、と思いだした。
「いいけど、なんで俺?」
「お、お話したい事が、ございまして……」




