4.掴み取る未来
発芽した世界樹が物凄い勢いで成長を遂げる。その枝は大きく広がり、半壊したアリスアイレス城を飲み込んだ。その建物よりも巨大な樹の生い茂る葉、一枚一枚から淡い光が広がり世界中を満たす。雪を降らせていた分厚い雲は晴れ、常冬の世界が一瞬にして色づいた。温かな空気が広がり、世界樹を中心に草花が生い茂りはじめる。
世界樹の根のほとりに、セフィライズは横たわっていた。
そのすぐそばに座るスノウは、彼に手を伸ばす。目を閉じる彼の頬を、そっと撫でた。
「セフィライズさん」
声がして、彼はうっすらと意識を浮上させた。瞼を開けると、視界に入ったのは優しく微笑むスノウと、風に優しく揺れる大樹の葉だった。
「セフィ」
彼の視界にもう一人。銀髪のシセルズが入ってくる。兄の左目は陥没して眼球がなくなっていた。
「スノウ……兄さん……」
ちゃんと声がでた。消滅したはずの器で、彼女の差し出した手を握った。あれは、幻ではなかったのだ。
彼自身、終わるはずだった世界。感じる事などないはずだった未来。
魔術の神イシズは作ったのだ。込められた『大いなる願い』の通り。新しい世界を。
「……ごめん」
「ばか、ほんとは俺が、お前に謝らねぇといけないのに……ごめんな、セフィライズ」
シセルズは弟の手をつかみ、声を押し殺して泣いた。
「お前のために、なんて絶対に言わない。これは、全部俺のためだ。俺が……でも、本当に……ごめんな、セフィライズ……ごめんな……」
セフィライズの為になんて言ったら、全ての責任を弟になすり付けているようだとシセルズは思った。生きる事を諦めてほしく無かった。未来を見て欲しかった。全部背負わないでもいいと言いたかった。でもほんの少し、本当は特別な自分になりたいと思っていた。セフィライズの為にという言い訳を用意して、自分のやりたいことをしただけ。これは全て、シセルズ自身の責任だと思う。そしてその為に、セフィライズを傷つけた。
「ううん……ありがとう」
兄が何をしたかったのか。何を求めていたのか。複雑な気持ちを抱え、ずっと、幼い頃から面倒を見てくれたシセルズの事を、全て理解しているわけじゃない。でも、ちゃんとわかった。わかっているから。
「感謝、してるから。今までのことも。そしてこれからも……」
これからも、一緒に生きていきたいと思った。
「セフィ、ごめんなぁ……」
シセルズは下を向き、肩を震わせて泣いていた。セフィライズは体を起こし、兄の手に自身の手を重ねる。顔を上げた彼は、涙を飲み込むように息をして、そしていつものように笑った。
二人の会話を聞きながら、スノウは微笑み自然と溢れた涙を拭う。シセルズが敵対した時、本当に驚いた。そしてウロボロスに取り込まれ、死んでしまったと思ったのに。シセルズも今ここにいる。
「本当に、よかった……」
スノウは闇の中に一人、沈もうとしている彼を助け出せた気がした。もしも彼が消えていたらと思うと今でも怖い。
セフィライズは瞳を潤ませながらとても嬉しそうに微笑む彼女を見る。風に優しく揺れている、金髪の柔らかな外にはねる髪。
全てを諦めた自分に。望むのは続く未来を彼女に贈る事だけ。そこに自分はいないと思っていた。感じることがないはずだった世界を今、目の前にしている。
それは、彼女がいたから。あの時、手を……伸ばしてくれたから。
「スノウ」
彼女に、どれだけ酷い事をしてきただろう。傷つけて、辛い言葉を伝えて、それでもそばにいてくれた彼女に。心から想う言葉を伝える権利があるだろうか。
セフィライズは目の前で微笑む彼女の腕に手を伸ばし引いた。胸の内から溢れる想いに、歯止めが効かなかった。いくつもの記憶が鮮明に蘇るのだ。スノウの笑顔が、差し出された手が。
「せ、セフィライズさん。どう、どうしましたか? しんどいですか? 大丈夫ですか!?」
セフィライズは体勢を崩した彼女の体を抱きしめる。
柔らかい、太陽のような香りがする。
急に抱きしめられ動揺している彼女の後頭部に手を添えて、耳元に自身の顔を寄せる。金髪がくすぐったい。ぎゅっと瞳を閉じて、強く強く。
「ごめん……こんな事を、言う権利なんて。無いのに」
それでも、伝えたいと思った。どうしても、彼女に。
伝えたかった言葉がある。心から、本当は。本当はとても。
伝えて、許される事じゃない。それでも。
「ずっと……ずっと一緒に、いてほしい。ずっと……心から……」
その言葉の続きは、スノウの耳にしか残らないほど小さな声だった。
ずっと、貰えないと思っていた言葉だ。スノウは一瞬戸惑った。嘘だったらどうしようと。これから先、一緒にいなくてもいい。でも生きていてほしい。そう思って必死だった。だから。
囁かれた言葉にスノウは目を見開いた。
「セフィライズさん、わ、わたし……」
セフィライズはスノウを強く抱きしめる。彼女が戸惑っているのがわかったから。届かなくてもいい。でも知ってほしい。そして今だけは許してほしいと思った。
スノウは大きく息を吸い込んで、彼を抱きしめ返した。あたたかくて、大きくて。ああとても、とても好き。あなたのことが、心から。
「わたしもずっと、セフィライズさんと一緒にいたいです」
顔を真っ赤にしながら彼女は返事をした。溢れる涙が止まりそうにない。嗚咽をもらしはじめたスノウの頬に流れる涙を彼は指で拭った。
今ここに、生きている。
想いが重なった二人を、世界樹の木漏れ日が照らしていた。
end
この度は『終焉の果てに、白銀の灯火を』 秘める章 まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
ついに完結まで持ってきました。
分岐エンディングですので、この後に1本だけ外伝を書いたあと、もう一つのエンディング 綴る章 を書きたいと思います。実はほかにも、メイン二人が両思いになった後が読みたいだけの続編(かなり長い)も準備したいなと思っています。とりあえず両方のエンディングを終えてから書きたいなと思っています。
綴る章ですが、本編の雰囲気のままにかなり暗い救いのない状態でエンディングが進みますので、秘める章で満足頂いた方は特にご注意下さい。
プロットの段階では、綴る章が正規エンディングでしたので、作者本人は楽しく続きが書けたらなと思います。
本当に長い間、お付き合いくださりありがとうございました。
もしよろしければ、評価、いいね、ご感想、ファンアートなど頂けましたら泣いて喜びます。
この後、彼らの後日談を描いた外伝。イラスト詰め合わせ。
綴る章を描いたのち、秘める章の両思い後の続編に続きます。




