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2.掴み取る未来 


「君と一緒に生きて、楽しかった。ありがとう」


 セフィライズからの最後の言葉で、スノウは全てを理解して彼を追いかけようと立ち上がった。しかしマナが失われ、うまく体を動かすことができない。その場に倒れ込み、上を見上げた。ヘイムダルにまたがる彼は、空高く小さくなっている。


 その言葉は、戻ってこないという事だ。もう二度と、会えないという事だ。


 わかっていた。彼が何かを隠してる事ぐらい。伝えられる言葉にどこか、大切なものが抜けている事ぐらい。だって最後の言葉を告げた彼はとても、切ない表情をしていたのだから。


 スノウは気力を振り絞った。地面に突き刺さる宿木の剣(ミストルテイン)の柄に手を伸ばす。それを支えにして立ち上がると、自然とその剣を引き抜いて持ち走った。

 壁上路から降りる。見上げる空は禍々しい。しかし一瞬にして強い閃光が放射状に広がった。目を開けていられない程の輝きの中、必死に前へ進む。その灯火の中心地へと。


 アリスアイレス城の周りを、光の壁が包んで、そしてその先がない。スノウはすぐその前まで進み、宿木の剣(ミストルテイン)を持ったまま止まった。


「ふざけんなよ!」


 その光の壁の向こうから、シセルズの声が聞こえる。スノウは驚いてその壁に手を伸ばした。しかし光のその向こう側に、強く押してもいくことができない。


「そうやって、全部自分一人で、抱えてんじゃねぇよ! まだ間に合うだろ、まだ!!」


 シセルズの声に核心を持つ。きっとこの向こう側にセフィライズがいるのだ。スノウは宿木の剣(ミストルテイン)を光の壁にかざす。きっとこれなら、空間を裂く事ができるはずだ。お願いだから、この向こうへ。セフィライズのところへ行かせて欲しい。


「お願い……!」


 スノウは強く振り上げた。その光の壁に向けて振り落とそうとしたその瞬間、誰かがその柄に手を添えた気がした。

白く、透明な手はとても優しく、温かい。


 振り落とされた剣が光の壁を、その空間を切り裂く。スノウは宿木の剣(ミストルテイン)を放り投げ、そしてその向こう側へと飛び込んだ。


「生きる事を……諦めないで!」









 空間が裂け、その隙間から白い手が伸びている。そしてそこから、もう一度声が聞こえた。


「手を伸ばして、掴んでください! セフィライズさん!」


 紛れもなくスノウの声だった。真っ直ぐに伸びてくるその手を、掴みかえす彼の器はもうない。魂だけの状態で、はっきりと彼女だとわかると、無いはずの目から涙が流れた気がした。


 ああ本当は。この先も、ずっと。これからもずっと、一緒にいたい。なのにもう、共に生きる事はできない。

 彼女の伸ばす手に触れたい。抱きしめて、そして心から言いたい。伝えたい言葉があるのに。

 もうそれを綴る事も、できないのだ。




「……僕は、新しい世界を作る」


 セフィライズの真後ろから声がした。すぐそこに、『世界の中心』に残っていた思念体である魔術の神イシズが立っている。


「僕は……新しい世界を作る」


 繰り返された言葉。セフィライズは焦った。『大いなる願い』を書き換える事ができなかったのか。器はマナに分解され、最後に見たのは世界樹が芽吹くその瞬間だった。この世界を存続させる事ができた、そう思ったのに。


「セフィライズ。知っているか。どうして……送る言葉の最後が、違うのかを」


『送る、言葉?』


「……我らはみな、世界の中心。そうだろう、セフィライズ」


 送る言葉、それは亡くなった白き大地の民をマナへと変換する時に綴る最後の一文。

 その魂は輪廻に戻り肉体は世界に還る。今この時、我らはみな、世界の中心。


「僕たちはみんな、それぞれの世界を生きている」


 同じ世界を生きているのに、見えているのは自分を中心とした世界。それぞれに見え方が変わり、考え方も変わる。だから。


「だから僕は……新しい世界を作る」


 穏やかに笑うイシズは手を前に伸ばす。セフィライズの魂に触れた瞬間、マナの光が集まり強く輝き始めた。


「その続きを見れないのは、とても、残念だよ」


 そう言ってイシズは泡となって消えていく。その光の粒を見送り、セフィライズが今一度振り返った。裂け目から伸ばされた彼女の細い手が見える。


「掴んでください!!」


 ずっと、兄が差し出す手を取らなかった。生きろ、未来を見ろ、そう言ってくれているのに。その手を決して。


 スノウもきっと、ずっと寄り添ってくれていたのに。その闇の中を、一緒に歩いていきましょう、と言ってくれていたのに。その手も取らなかった。


 ずっと、ずっと。触れてみたかったもの。手を伸ばしたかったもの。欲しかったもの。

 今それが、目の前にある。


 視界に、ないはずだった彼自身の手が、マナの光で強く輝きながらそこにあった。白く光る。

 そしてそれに。


 スノウに手を伸ばす。彼女の細い指。触れた瞬間、強く。







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