37.終着に舞う白編 心から
ヘイムダルはアリスアイレス王国を取り囲む防壁の上に降り立った。城を半壊させ四つん這いの姿のウロボロスが、何かを探すように首を左右に振っている。醜悪な口を大きくあけ、何度も何度も叫んでいた。
まるで嗚咽を漏らして泣く人間の声ようだ。
体に力が入らないスノウは、セフィライズに支えられながらヘイムダルの背から降りた。地面に座り込むと、彼女の目の前に宿木の剣が突き刺さる。
「これの、そばにいたら大丈夫」
セフィライズはスノウの前に膝をついた。宿木の剣の力で、一定の空間が遮断されている。これでもう、スノウはあのウロボロスにマナを吸われる事はない。
未だセフィライズの体は淡く透け、点滅を繰り返し光っている。スノウはその体の中に、あの花を見た。
「セフィライズさん、だめ……わたしは、大丈夫です」
消えてしまう。そう思って、スノウはセフィライズに手をのばした。
その手を彼は握り返す。その時、スノウの腰に下げられた一角獣の角が彼の視界に入った。セフィライズは目を見開いて、それに手を伸ばす。
一度だけ、強大な浄化の力を増幅させるものだ。
これがあれば、あのウロボロスの穢れたマナを、魔術の神イシズの器を、どうにかできるかもしれない。
「……スノウ、このままだと世界中のマナが吸い上げられてしまう。だから、力を貸して欲しい」
「何を……どうすればいいのですか?」
セフィライズはスノウが持つ一角獣の角を指差しながら言葉を紡ぐ。
「……あの穢れたマナを、君の癒しの力ですべて浄化できたなら」
続いていく。終わりゆくこの世界に、もっと多くのマナが満たされるのだ。もう争う事なんてない。
それは嘘ではなかった。ただ。
スノウは一角獣の角を胸元に抱え込みながら黙って聞いた。この角に癒しの力を込め、そしてそれを使おうというのだ。あの膨大な穢れたマナを全て浄化しようと。
「わかり、ました……」
スノウは息を大きく吸い込んだ。彼女の優しい声で、癒しの術を一角獣の角に込める。
「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣に身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に」
彼女がひとつひとつの言葉を丁寧に紡ぐ。角に添えるその手に、セフィライズは自身の手を重ねて目を閉じた。
温かい。今、目の前にいる彼女の手は。とても。
「今この時、我こそが世界の中心なり」
角はスノウが込めた願いを、浄化の力を取り込み淡い光を放った。それを彼に差し出す。
「……ありがとう、スノウ」
スノウから一角獣の角を受け取る。彼女がくれた、最後の希望だ。
「どうか、必ずご無事で戻ってきてください。そして約束してください。穢れたマナを全て浄化したら、もう……宿木の剣は使わないと」
彼がヘイムダルと眷属の契約を結び、宿木の剣を使おうとするのは、全てこの世界のマナ不足を解消する為。だからもう、大丈夫なのですよね。だからもう、何も心配はいらない。これが最後で、きっと彼は戻ってくる。
しかし目の前で体の中に淡い光を放つ花を内包している彼は、薄く笑ってスノウを見た。
わかった。と言えたら。
嘘でも彼女に、戻ってくると言えたら。どれだけいいだろうかと思った。
こんな時でも言葉がつまる。優しい嘘すら、つけないのだ。
「ここで、待ってて」
これは最後のチャンスだ。そばに立つヘイムダルもわかっている。立ち上がったセフィライズはスノウに背を向けた。
今、目の前にある魔術の神イシズの器に取り込まれた全てのマナを浄化すれば、『世界の中心』を芽吹かせるのに十分な量だ。今度こそ、次は間違えない。強い意志を込めるのだ。
この世界を存続させたいと。大切な人たちが生きているから。失いたくない、この先を続けたいと思うから。
「スノウ…」
セフィライズは振り返った。宿木の剣のそばに座る彼女を見て。
こんなにも、愛しいと想える人がいて。
「 」
そして彼は、最後の言葉を彼女に贈った。
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