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36.終着に舞う白編 意識


 濁流の中を泳いでるようだ。

 何か物凄い流れが、体ではない、シセルズの魂そのものを押し流している。直後にひどい激痛が走った。魂そのものを裂く痛み。突き抜け刺すような。


 飲み込まれる。そう思った。

 黒い粒子が身を引き裂いて、魂を引き裂いて。そしてその流れに飲み込まれる。


「ああ、俺は……」


 イシズの器を手に入れて、神になるつもりだった。特別な存在に、唯一無二の存在になるつもりだった。


 幼い弟の手をひいて、その姿を見て思う。器に植えられた世界樹の種に意識を奪われて人間らしさも出せないのだ。魂を表層へ押し上げて、そしてお前は人間だって言ってやりたかった。

 やっと意識を獲得したセフィライズは、自身の運命に気がついた時に全てを諦めた。この世界に、芽吹かせるだけのマナはない。持って生まれたものを、その使命を果たす事もできない。そしてその先に、必ず『世界の中心』に食い殺される未来がある。


 どうしてセフィライズだけが、こんなものを背負わないといけないのか。どうして、この先を生きてはいけないのか。

 未来を見る事を、生きている事が楽しいと思うことを。諦めなければいけないのか。


 シセルズは目を瞑った。瞼の裏に、懐かしい記憶が蘇る。白詰草の王冠を持って、頭に乗せてくれるセフィライズはまだ幼い。小さな手で編まれたそれは、唯一無二の、王様の証だった。


「ごめんな、兄ちゃん……特別には、なれなかったわ……」


 俺がなる。俺が世界樹の代わりになってみせる。だからお前はもう、何も気にせず生きていていいんだって。


 言えなくて、ごめんな。


「セフィ……」








 ウロボロスがシセルズを飲み込む様を、何もできずにただ見ることしかできなかった。手を伸ばしたまま固まって、ただそれを見ているだけ。

 セフィライズの肩に手を添えていたスノウも息を飲んだ。黒い怪物が、身体中で咀嚼するように動き、シセルズは消えてなくなる。その瞬間、陥没してたウロボロスの目に光や宿った。首が異様な角度で曲がり、白詰草の上に座り込む二人を見る。口はずるずると音を立てて裂け、そしてはっきりと笑った。開いた口元から黒い粒子が溢れ上へと昇っていく。それだけではない、体中から段々と粒子が撒き散らかり、広がり始めた。

 その黒い粒子に当てられた周囲の草花は突然枯れだし、見るも無惨な姿となる。ウロボロスを中心に庭園の草花は正気を奪われ始めた。宿ったマナを吸い尽くすように。


 セフィライズは咄嗟にウロボロスに背を向け、スノウの肩を掴み立ち上がらせる。


「走って!」


 彼女の腕を引いて、階段の付近に待機していたヘイムダルの背に押し上げるようにしてスノウを乗せた。すぐさまセフィライズも後ろに乗る。


「魂が入ってしまった、あれは……」


「早く出て!」


 戸惑いを見せるヘイムダルへと、セフィライズは声をかける。雄鹿は来た道の階段を降りた。玄関の間で数人のアリスアイレス王国の兵士とすれ違う。彼らに、早く逃げろと言葉を投げかけ、振り返ったのとほぼ同時。追いかけるように階段から溢れ出た黒い粒子に巻かれた彼らは、全てのマナを吸い取られ崩れ落ちた。

 その姿を見てスノウは口元を押さえ息を飲む。


「セフィライズさん……!」


「兄さんは」


 シセルズは、なれなかった。

 その魂も器も、全て。穢れたマナに取り込まれてしまったのだ。


 ヘイムダルは城の正門を出るとすぐに高く飛び上がった。アリスアイレス城を眼下に眺めるところまで上がった時、城が内部から黒い粒子に押し上げられるようにして半壊した。土煙と崩壊の音の中から、黒い粒子が次第に大きくなり人の形に成長していく。アリスアイレス城よりも大きくなったウロボロスは、両手を上げて雄叫びをあげた。城の周りを囲む湖に手をつき四つん這いになる。

 ウロボロスがついた手の先、大地が色を無くしていく。下に見える兵士達が逃惑い、黒い粒子に当てられると突然倒れ、動かなくなった。


 蘇った魔術の神イシズの器は、体全体を使って世界中のマナを吸い上げ始めた。かつてイシズ本人が、世界の穢れたマナを自身の肉体に溜め込んでいたのと同じ。取り込まれたマナは穢れに染まり、その体はさらに巨大になっていく。


「あっ……」


 突然、スノウはウロボロスに吸い寄せられる感覚に、ヘイムダルの背から落ちそうになる。慌てて雄鹿の枝角を掴むも、握力がうまく入らない。


「スノウ、どうした!」


 セフィライズは突然雄鹿の上でぐったりとしだした彼女の肩に手を回す。


「セフィライズ、宿木の剣(ミストルテイン)を使って! スノウさんはあれにマナを吸われている!」


 セフィライズは指示通り、その剣をかざした。時間と空間を切り裂く。その能力を使い、ヘイムダルの周りの空間を遮断する。その瞬間、セフィライズの体が淡く透過しながら光り始めた。

 スノウはそれを振り返り、彼の胸元に手を伸ばし服を掴む。


「セフィライズさん、それを、使わないで!」


 顔を上げ、入らない力で必死に訴えた。











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