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34.終着に舞う白編 目的



 セフィライズは体にそわすようにして剣を構える。黒い光を全身に纏ったシセルズが薄く笑うとその次の瞬間、魔剣グラムを大きく振り払いながら向かってきた。常人ではない速さで剣を振り上げ目の前に現れる。残像がまるでウロボロスの体から溢れる黒い粒子のように残った。

 セフィライズは落とされる魔剣グラムを宿木の剣(ミストルテイン)で跳ね返す。その懐に飛び込み、握り拳をシセルズの腹へと向けて殴り飛ばそうとした。しかし一瞬にして目の前からいなくなる。大きく飛び上がったシセルズが、彼から遠く離れたところへ宙を舞いながら着地した。


 宿木の剣(ミストルテイン)を、使いたくない。その刃を、兄に向ける事ができない。

 セフィライズは再び剣を構え直し、腰を据えてじっと目の前のシセルズを見つめた。


「……殺す気で来いって、言ったろ」


 そう言った兄の言葉に、返事をする間も無く再び魔剣グラムを振るう腕が伸びる。薙ぎ払われる軌道を、淡雪のようにふわりと飛び避けた。すぐにシセルズがセフィライズに向け、遠慮なく殺意のこもった刃を向けてくる。再び宿木の剣(ミストルテイン)でそれを受け流すと、その瞬間腹に強い衝撃を感じその力で吹き飛ばされた。セフィライズの体が咲乱れる白詰草の上に叩きつけられる。

 シセルズはセフィライズの腹を強く蹴り飛ばした。倒れる弟に間髪入れずに、魔剣グラムを突き立て落とす。セフィライズがくるりと横に回転しながら逃げ、素早く起き上がった。


 セフィライズは込み上げてくる痛みに咳き込みながら口元を拭う。兄を傷つける事を戸惑う彼と違い、シセルズは本気だった。

 心から、本気で、向かってきているのだ。

 魔剣グラムがより一層黒い光を放つ。シセルズの目に、彼らの父親に宿っていた狂気の色が見えた。八重歯を剥き出して見下すように笑う兄が別人に見える。


 胸が、痛くなった。


 子供の頃から、ずっと。セフィライズの記憶の中で、シセルズは常に味方だった。何をするにも、どんな時でも、そばにいて、支えて。そしてしっかりとした言葉を伝えてくれていた。大丈夫だって、手を伸ばしてくれていた。

 わかっていて、長くその手をとらなかった。だから。


「俺が……」


 兄が向けてくれた信頼を。優しさを、思いやりも全て、今までずっと蔑ろにしていたから。だから、シセルズはこんな未来を、選択を、選ぼうとしているのだろうか。


 全部、今まで立ち止まってきた自分のせいだ。歩き出すのが、遅すぎた。 


「ずっと……諦めてたのは、事実だけど。でも……でも今は、続けたいと、思ってるから。だから、もうやめよう」


 もう諦めない。もう迷わない。『世界の中心』に残された『大いなる願い』を知ってしまったから。その事実に抗いたいと思うから。大切な人が。ギルバートや、カイウスや、リシテア。シセルズにそれに、何より最後の灯火をくれた、スノウの為にも。


「俺が、必ず芽吹かせてそして。この世界を続けさせてみせる。だからもう、兄さんは!」


「お前は、さっきの俺の話を聞いてなかったのか?」


 嘲笑を浮かべたシセルズの瞳の奥に、怒りの色が浮かんだ。魔剣グラムの柄を強く握りしめ、感情のままに振り回し周囲の空気を裂いた。


「俺がイシズの器を手に入れたいと思ったのは、俺自身が特別になる為だ。誰よりも、何よりも。お前よりも!」


 シセルズがこの計画を思いついたのは、もうずっと前の事だ。セフィライズがカンティアへ留学に行っている、その少しの間。弟には黙っていたが、髪色を戻して白き大地の民として公務に参加していた。セフィライズが抜けた穴を、埋めていたのだ。






 カイウスと共に同行し、宴会の席でそれは訪れた。リヒテンベルク魔導帝国宰相ニドヘルグと、本当に偶然二人きりになったのだ。シセルズは相手を警戒し身構えていた。大切な家族を、民を殺したその男に、憎悪と共に強い殺意を持って睨みつけていたのだ。しかしニドヘルグから発せられた言葉に、耳を傾けてしまった。


「ヨルムをご存知ですか。あなた方の、古い文献から手に入れた情報です」


「……それが、どうした」


「ご存知なら話は早い。それは膨大なマナを保有した神と聞きました。この世界の、マナ不足を補う為にも。よければ聞かせて頂けませんか?」


 シセルズ自身すっかり忘れていた、永遠の神ヨルムの七つに裂かれた器の封印。それが何か、王族だったシセルズは知っていた。十歳になるときに受け継いだその封印と共に、全ての事実を知らされたからだ。

 それは、旧世界の膨大な穢れたマナを溜め込んだ魔術の神イシズの器という事。そして、イシズの心臓の封印を受け継いだ者が、いつか揃うかもしれないその器に入るという事。

 ニドヘルグは永遠の神ヨルムという存在が封印されていると思っていた。それ以上の事は知らず、自国にある封印以外、他がどこにあるかも知らないという。リヒテンベルク魔導帝国内の封印は既に解き、白き大地の民を寄せ集めて作った肉の器――ウロボロスに定着させているというのだ。


 使ってやろうと思った。この男を、リヒテンベルク魔導帝国を。


 シセルズは一部の情報を開示した。そして、はっきりと嘘をついた。その器に入る事ができるのは、王族である自分自身だけ。全ての封印を解きその中に魂を移動させれば、意のままにその器を扱え、永遠の神ヨルムになれるのだと。

 ニドヘルグの目的は、膨大なマナを手に入れる事。


 そしてシセルズの目的は。




 








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