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33.終着に舞う白編 理由



 スノウはセフィライズの背を撫でるように手を伸ばす。すぐ横に立ち彼の顔を覗き込んだ。大丈夫ですか、なんて言葉はかけられなかった。何が起きているかわからない、シセルズがそこにいる理由も。しかし、おそらく彼は、敵側にいるのだという事は痛いほど理解できた。


「スノウちゃんには言ったのか」


 シセルズの「言った」は、何のことだろうかとセフィライズは思った。しかし、彼女に何も告げてはいない。シセルズの事も、『世界の中心』が新たな世界樹の種子だという事も、『大いなる願い』の事も、そして。

 本当はとても、彼女を想っているという事もだ。


「何も、言ってない」


「ああ、そうか」


 セフィライズの言葉の意味を、シセルズは深く理解した。本当に弟は、何も言ってないのだろうと。一人で決めて、一人で背負う為に、来たのだろう。


「……スノウちゃん、約束を守ってくれてありがとな」


 シセルズは薄く笑ってスノウを見た。生きて帰して欲しい、このアリスアイレス王国に。そう約束した通り、彼らは生きてシセルズの前に立っている。そしておそらくスノウがいなければ、この場に現れたのはセフィライズ一人だったず。誰の支えもなく、信頼していた兄に裏切られたセフィライズは、どんな表情をしていただろうか。


「どういう、事ですか?」


 セフィライズの腕に手を添えながらスノウは言った。青緑色の強い瞳でシセルズを見る。


「答えて、兄さん。どうして……」


「どうして?……俺は、全部無くしたんだよ。あの時。なれるはずたった特別な存在に、俺は一生なれない。なのに」


 一瞬にして全て無くなった。そしてその他大勢に埋もれ、何事もなかったかのように人生が終わる。しかし弟はどうだ。何も失わずむしろ特別な存在として目の前に立っている。だというのに、特別な存在になれるはずだというのに。何もしないで、全てに埋もれてただ終わる事を選んでいる。


「俺から何もかも奪ったお前が憎かった。全てを持っているのに、何も動こうとしない」


 なりたかったものに、なろうと思えばなれたはずだ。目の前で立ち止まりただ朽ちる事を選んでいるその姿が、シセルズの脳裏に焼き付いて離れない。手を伸ばしても、背を押しても、塞ぎ込んで動こうともしない。


「だから、なるんだよ。俺が……唯一無二になる為に」


「邪神ヨルムの封印は」


 それがどんなものか、説明しようとしたセフィライズの言葉を、シセルズは遮った。


「知ってる。これは膨大な穢れたマナを蓄えた、魔術の神イシズの器だ」


 その言葉に、スノウは驚き口元を押さえた。


「そんなもを手に入れたらどうなるか、わかって……!」


「どうなるか? お前だって、どうなるかわかっててその剣を握ってるのか? 宿木の剣(ミストルテイン)を!」


 シセルズはセフィライズの持つ宿木の剣(ミストルテイン)を指差した。セフィライズはそれに目を落とし、柄を強く握る。


「どう……なるかは、わからない。けど!」


 道が途絶えているかもしれない。いや、多分途絶えている。魔術と創生の神イシズと同じ力を使うため、『世界の中心』を発芽させる為のマナを得るためにも。込められた呪いを上書きしなければならない。これがなければ。


「一緒だ。俺だって、どうなるかなんてわかってねぇよ。でもな、俺には……これしかない。『世界の中心』を持っているお前と何もない俺じゃ、選べるものが違う」


 シセルズは握り拳で自身の心臓を強く叩いて胸を張った。酷く荒んだ表情のまま、セフィライズを見下ろす。


「俺は、イシズの器を手に入れて、新たな神としてこの世界に立つ。穢れたマナだろうが、全部俺がなんとかしてみせる」


 特別な存在になりたい。特別な。唯一無二の、誰でもない自分になりたい。その強い想いの、その先にあるものは。


「させない。兄さんを、死なせるわけにはいかない」


 セフィライズは背を支えるように触れてくれている彼女の手を振り返った。安心してと微笑みかけ、一歩ずつ前へ進み、宿木の剣(ミストルテイン)を構える。


「セフィライズさん……!」


 スノウは離れていく彼へ手を伸ばした。あんなにも弟を大切にしていたシセルズと争おうとしている。お互いに、剣を向けあおうとしているのだ。

 セフィライズは振り返らなかった。その姿を見てヘイムダルが察したのか、スノウと彼の間に立ちその体で軽く彼女を抑える。


「……真剣同士、殺す気で来いセフィライズ。俺を止めたければ。どっちが正しいのか、その腕で証明して見せろ」


 シセルズは魔剣グラムを持ち、真っ直ぐセフィライズへ向ける。その刀身に灯っていた淡い光は、次第に黒く強い光を放ち始めた。

 食わせているのだ。シセルズ自身のマナを魔剣グラムへと。支払った代償のかわりに、妖しい光を放つ神器から、人ではなし得ない力を得ようとしている。魔剣グラムを持つ手から、黒い光が体を這い登り彼を包んだ。彼の瞳に不気味な色を灯す。


「ダメだ、そんな事をしたら」


「どうせもうすぐ神の器は完成する。そしたらもう、この体はいらない」


 白き大地の民を構成する自身のマナを、魔剣グラムへと送る。吸い尽くされたその先に待っているのは、器の消滅でしかない。


 ーーーー止める、絶対に。兄さんの体を、その器を無くさせるわけにはいかない。


 セフィライズは強い決意の瞳を浮かべ、息を大きく吸い込んだ。








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