31.終着に舞う白編 氷狼
一瞬の隙を突かれた。ネブラはその鋭い爪を遮る事ができず、胸元を裂かれるようにして血を流しながら後ろへ吹き飛ばされる。
「ネブラ!」
彼女を助けようとデューンは飛び上がり、その体を抱き止める。肩を掴んで揺すった。
「大丈夫か!?」
「チッ……ねぇ坊や! あんたまだ仕掛けられないのかい!」
ネブラは彼女の乳房の上あたりを真横に入った傷口を抑えながら叫ぶ。その声に、セフィライズが飛び下がり、彼女達の真横へと着地した。
「相手が大きすぎる。そこまで高くは飛べない」
「流石の氷狼さんも、本物相手にはお手上げってわけかよ」
セフィライズはその大狼より高く飛び上がり、眉間へと狙いを定めたいと思っていたが、その上をとることができない。家ほどの大きさがある大狼の頭上を取るには、高さのある建物などを足場にしたいところだ。しかしここは橋の上。使えそうなものがない。
「なんかあったら、上を獲れるのか」
「ん?」
「足場があれば、上まで飛んで殺れるのかって聞いてんだよ!」
デューンは大剣を手に、ゼーゼーと息を吐くネブラの肩に軽く触れる。消耗戦になる。このままでは勝てるかどうかも怪しい。
「……飛べる」
「聞いたかネブラ。おい、もう一回いくぞ」
「あいよ!」
ネブラは唾を吐き、気合いを入れ直すように頬を叩いた。槍を振り回し、再びその巨大な狼へと走り出す。
「俺が足場になる、あんたはタイミングを合わせて飛べ!」
そう叫んだ後、デューンもまた大剣を片手に走り出した。前方でネブラが相手の気を引きつけている。デューンは片腕しかない手で握りしめていたその大剣をフェンリルに向かい投げた。鋭い矢のごとく飛ぶそれ。
「来い!!」
フェンリルを背に振り返ったデューンは腰を落とす。空いた手を、何かを受けるように構えた。
セフィライズは全てを理解し、デューンに向かって走り出した。彼が作るその足場に、助走をつけて飛び込む。手のひらに足を乗せたその瞬間「飛べ!!」と強く叫ばれ、筋肉の塊のようなその腕がセフィライズを足裏から強く押し上げた。
強い力がセフィライズの体をさらに高い位置まで跳び上がらせる。空中で体を捩り、宿木の剣を構えた。しかしフェンリルはそれに気が付き、上空から迫るセフィライズへと牙をむき出しの口をあけ吠える。
その刹那、デューンの投げた大剣がフェンリルの足元へ突き刺さった。それを避ける為に、狼は足を下げ首をその場所に向ける。その唸る牙に、ネブラがすかさず槍を突くも、すぐに首を左右に激しく揺さぶられ、彼女は放り投げられた。その時「今だよ!!」とネブラが叫ぶ。
セフィライズは宿木の剣に全ての体重を乗せるよう柄を握り、体の添わせ構える。空中から落下する勢いを使い、ネブラを跳ね飛ばし再び顔を上げるフェンリルの眉間へ向け。
ドスッーーーー
宿木の剣がフェンリルの額へと突き刺さった。痛みで首を振り回しながら咆哮をあげ崩れ落ちるフェンリルに振り落とされないよう柄を強く握る。異物を排除しようと前足が動いたが、それよりも先にその大狼の命はつき、体は橋の上に雪崩のように倒れた。
セフィライズが宿木の剣を抜き、フェンリルの死体から離れる。
デューンは吹き飛ばされ石橋のらんかんへと叩きつけられたネブラのところへ走った。片腕で彼女の体を抱きかかえながら、フェンリルが黒い粒子となって消えていく様をみる。そしてそれを背に、こちらへと向かってくるセフィライズも一緒に。
息はあるもののぐったりとしたネブラと、疲弊したデューンのそばで立ち止まり、セフィライズは頭上高く飛び上がっているヘイムダルへと顔を向けた。彼の目を見て頷くと、雄鹿はゆっくりと橋に戻り降りてくる。
「スノウ、彼らを……」
降りてきたヘイムダルの背にのる彼女にそう言うと、スノウは頷きながら彼らへと駆け寄った。しかし、二人はセフィライズと敵対状態にある相手だ。今ここで癒して、もしセフィライズへと切り掛かってきたら。だがこのまま放っておくわけにもいかない。
「頼むよ」
宿木の剣の刃先を自身の掌に当てた彼は、ネブラのそばに膝をつく。その手を突き出すと同時、スノウもまた彼女のそばへ膝を折った。両手をかざし、息を吸い込む。
「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣に身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり」
スノウが癒しの詠唱を唱えると、セフィライズの掌から淡い光の粒子が溢れ彼らを包んだ。




