28.終着に舞う白編 家族
「兄さ……シセルズを、見ませんでしたか?」
セフィライズはこの状況下で兄の居場所が気になった。もし手引きをしているのなら、この争いには加わってないどころか姿をくらませているはずだ。
「カンティアでお前が書いた手紙を読んだシセルズは、まるで別人のような顔でこの国を出ていったよ」
カイウスは苦笑しながらセフィライズの肩に手を当てる。家族思いなのはとても良い事だと笑った。カイウス自身も、妹のリシテアをとても大切にしている。
「しかし私が防壁に来る時に城下町で会ったよ。忘れ物を取りに来たと言っていたな」
その時のシセルズは、癖のない真っ直ぐな髪を肩の手前まで伸ばした、セフィライズと同じ銀髪。しかし左目は全く違う金色の虹彩だ。真夜中、別れを告げにカイウスの所までやってきた際に見た姿と同じ。白き大地の民のはずなのにその左目は何なのか、それを問おうとカイウスはセフィライズの顔を見た。しかし。
「どうした?」
「いえ……」
酷く傷ついた顔をしながら、眉間に皺をよせ下を向く。
いないのだ、この戦闘に加わっていない。シセルズの立場なら、おそらく中隊あたりを任せられるか後衛で指示役にでもさせられるはず。だというのに。既に、手紙を受け取った時点でもう。
忘れ物を取りに来た。その言葉が、胸を抉る。
それは、邪神ヨルムの封印を。そのイシズの器の一部を、取りに戻ったのではないのだろうか。
「……カイウス様、私は城内の中庭に向かいます。今は手薄でしょう。どうなっているのか気になります」
「未だこの防壁は破られていない。侵入された形跡もないのだ。セフィライズには私の……」
「……思うところが……ございまして……」
「お前は、既に何人かがこの国に侵入した、と思っているのか」
「……確証はありませんが」
伏せられた情報、苦しげに漏らす言葉、その表情。カイウスはセフィライズのそれら全てを見て、深いため息をついた。
黙って彼らの隣に立つヘイムダルを見上げる。その神々しいまでの存在感。神聖な眷属と共に舞い戻ったセフィライズに、聞きたい事も山ほどある。
しかしカイウスはそれら全てに目を瞑り、首を振った。
「わかった。信じよう。ただ一つ、問わせてもらう」
カイウスは息を吸い込み、威厳のある表情でセフィライズを見た。雰囲気がガラリと変わる。それに気がついて、セフィライズもまた胸に手をあて敬礼の形を取った。
「お前は、アリスアイレスに忠誠を誓っているか」
「はい」
「ならいい。思う通りに行け」
そう言って笑うカイウスは、セフィライズの肩を再び叩いた。顔を上げ見た表情は安堵しているように見える。
「……俺はずっと、お前のこともシセルズの事も、家族の一員だと思っている。血は繋がってないかもしれないけど。だから安心してほしい。そしてもっと、しっかり話そうセフィライズ。お前は言葉数が少ないから、誤解されやすい」
カイウスから見てもこの兄弟は、どこか大切な部分を隠し、どこか人の輪から一歩引いた外側を歩いているように見えるのだ。長い時を過ごしても、なお変わらない。セフィライズとシセルズと、雰囲気も性格も全く違うが、そこだけはとてもよく似ている。
「様子を見たら、すぐに戻って来い」
「かしこまりました」
「違う、今は」
「……うん、わかった」
「よし」
握り拳を突き出したカイウスに、苦笑しながらセフィライズも拳を当てる。カイウスは王族の証である赤髪をかきあげると、今一度ヘイムダルへと頭を下げ背を向けた。
セフィライズはカイウスの礼に応え、頭を下げていた雄鹿の枝角へと触れる。
ーーーーよい関係を築いたのですね。
ヘイムダルのその言葉に、セフィライズは目を閉じた。
振り返れば沢山の時間。多くの人々。白き大地の民でも、こんな自分でも。共に歩んでくれる人がいる。
想ってくれる、大切な人達がいる。
今までずっと、自分から選んでいた孤独の世界。こんなにも近くに。
気がついたのは、そのきっかけをくれたのは。
セフィライズが瞼を開くと、カイウスと入れ替わるように歩み寄ってくるスノウの姿。
彼女を見て、心から愛しいと思う。
世界が彩のあるものだと、気が付かせてくれた全ての出来事の、最後の蝋燭に火を灯してくれたのは。
「スノウ」
彼女だと、思う。
ほの暖かい、優しい笑顔の。やわらかな金髪を揺らす、芯の強い瞳の、彼女。




