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27.終着に舞う白編 壁上路




 雪にかき消された音の少ない世界に、争う声が混じり出す。飛び交う怒号、金属の擦れ合う音、馬の鳴き声、大群の足音。

 アリスアイレス王国の巨大な煉瓦の防壁の、閉ざされた入口の外側で多くの兵士達が争っている。スノウはその惨劇に口元を押さえた。今、彼女の足元で、瞬きをする間に人が亡くなっているのだ。

 震えるスノウの肩に、セフィライズは手を添える。耳元で大丈夫とだけ呟くも、何の助けにもならない。しかし、この状況に一番心を痛めたのは彼自身だった。もしも、これが全て。


「大丈夫でしょうか、シセルズさんは」


「……」


 セフィライズはスノウに何も言葉を返す事ができなかった。小競り合いや討伐で、小隊や中隊が動く事はままある。その中で兵士が死ぬのは仕方のない事なのだ。しかしこれが、全ての原因がもしシセルズならば。


 これは、アリスアイレス王国の人間を、兄が殺しているのと大差ないのだ。



 さらに高度を下げたヘイムダルは、アリスアイレス王国の強固な防壁を飛び越えようと近づいた。壁上路にいる兵士達が、空を舞い近づいてくる雄鹿、それに跨るセフィライズとスノウに気がつく。指をさし騒ぎ出す彼らへ近づくと同時、その壁上路から見慣れた赤髪の男性が顔を覗かせた。


「カイウス様です!」


 スノウは気がついて驚きの声をあげた。ヘイムダルに頼みその壁上路へと舞い降りる。

 カイウスは馬と同じ大きさの神秘的な雄鹿に一瞬戸惑いを見せるも、兵士達を割って進み出てきた。


「セフィライズ!」


 側近の護衛に止められながらも彼はセフィライズの腕を掴む。


「生きていたのか! スノウも、よかった」


「カイウス様、ご無事で何よりです」


 危ないので早く中へお入りください、と後ろの側近が何度も声をかける。それを嗜めるようにカイウスが手で払った。しかし、セフィライズもすぐに何か言いたげなカイウスの腕に触れ、諭すように低い声で一旦中に戻るよう促す。ヘイムダルに城壁の下に降りて待つように伝えると、跳ね飛び降って行った。


 壁上路の通用口から下へ降りる。セフィライズとスノウはカイウスの隣を歩き、その周りにピッタリと寄り添うように護衛が囲んでいた。


「リシテア様は?」


「既に避難場所へ移動している」


「いつから、始まったのですか……」


「突然だったな。侵攻には気がついていたから、長く応戦していてな。しかし強く出てくる気配がなかったのだが……それに、目的がわからない」


 セフィライズは自身の知っている事を口にするか悩んだ。一瞬周りを見渡して、護衛達の顔を伺う。

 カイウスはすぐにセフィライズのその表情を察した。


「下に降りたら話そう」


「かしこまりました」


 この壁の向こう側では、未だ多くの人たちが殺し合っている。それらの音が、壁を振動させて低い音で耳に届いた。螺旋階段を降り、一番下へ。閉ざされた正門の横にでた。既にヘイムダルがその場にいて、一定の距離をとったアリスアイレス王国の兵士達が取り囲んでいる。


「敵対するものではない、下がれ」


 カイウスが側近たちにその場で待機するよう命じながらヘイムダルへ近づいた。セフィライズもまた、少し待っていてほしいとスノウに伝え、雄鹿のすぐそばに立つカイウスの近くへ向かう。


「あなたは神々の眷属とお見受けしますが、間違いありませんか」


 カイウスは自身の知識から、これが魔術の神イシズが従えていたという白槍の鹿だと思った。頭を下げ、胸に手を当てながら丁寧に言葉を発する。


「ええ、そうです。今は」


 今はセフィライズの眷属になった、と繋げようとした言葉をセフィライズが遮った。


「カイウス様、リヒテンベルクの目的はおそらく、アリスアイレス王国の邪神の封印です」


 セフィライズは今までの経緯を丁寧に綴った。小さな声で、カイウスにしか聞かれないように。しかし、伏せるべきところは伏せた。

 邪神ヨルムを復活させる事で、膨大な過去の穢れたマナを世界に供給しようとしている事。その為にアリスアイレス王国の封印を解きに攻めてきている事。あの小瓶は、人間がどこまで穢れに耐えられるか試していたものだと。

 しかしヨルムの正体が魔術の神イシズの器である事、シセルズとセフィライズ自身の事には触れなかった。


「なるほど……」


 カイウスはセフィライズが視線を逸らし、あからさまに言葉に詰まっている箇所が何度かある事にしっかり気がついていた。相変わらずな姿に胸をなで下ろす。


「よかったよ。生きていてくれたことも」


 すぐ顔にでる。セフィライズが意図的に何か大切な情報を遮断している事などお見通しだ。しかしそれは悪意ではない。考えがあるからこそ伏せられているのだ。




 





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