25.華燭の典編 柵
彼らは一通り全ての店を周り、時計が置いてないか探してみた。しかしやはり時計は高級品すぎる品物で、需要の関係かコカリコでは殆ど取り扱いがない。見つけても、実用性に欠けるものばかりでしかも価格が高すぎる。
半ば諦めかけていたところで、照明用のアーティファクトではなく一般的に普及しているランプを取り扱うお店の奥、埃をかぶっていたそれを見つけた。
それはランプ時計と言われるものだ。夜時間を知るためにガラス製の油入れに目盛があり、油の残量で時間を測るのだ。これならば日中は鐘が、夜はこのランプが時間を知らせてくれる。そして明かりにもなり、きっと宿のカンターに置くにちょうどいいだろうと思ったのだ。
しかもこのランプ時計には、登る太陽と蔦植物の彫り物がなされている。朝日も蔦も、縁起がいい事で知られているもので、尚更贈り物にピッタリだった。
結局二人はそれを購入することにした。長く誰の目にもつかず誇りを被っていたそれも、丁寧に拭かれれば美しいランプ。麻袋に入れてもらい、スノウがそれを抱えて宿に戻る頃にはすっかり日は傾き、夜への切り替わりを教える最後の鐘の音が街中に響いていた。
スノウはセフィライズと共に夕食を美味しく頂き、室内に運んでもらったお湯の入ったバケツと麻布で体を清潔に保つ。一緒に一角獣の角を丁寧に拭き取った。それを大切にテーブルの上へ置く。
既に月はかなり高い位置で夜空を飾り、もうそろそろ眠るべき時間だという事を知らせてくれていた。その前にスノウは窓の向こう側に続く小さなバルコニーへ向かった。体を乗り出し通りを眺めるともう誰も歩いていない。埃っぽい街も、夜の静かな空気と月明かりで雰囲気をガラリと変えていた。
「もう、夜遅い」
そう声がしてスノウは驚いた。遠くばかりを見ていたから、夜暗かったから、全く気がつかなかったのだ。すぐ隣のバルコニーで、スノウの部屋と繋がっている方の柵を背に座っているセフィライズがいる事に。
「い、いつからいらっしゃったのですか?」
「君がバルコニーに出てくるだいぶ前から」
背中を向けたまま空を眺めている彼は、今どんな表情をしているのかわからない。想定していなかっただけに、心臓が今も壊れそうなほど激しく動いている。落ち着けようと何度も深呼吸を繰り返した。そして自然と、彼の背にしている柵にスノウ自身も背をつけて座る。
「明日、戻るんですよね?」
「そうだね」
「久々ですね。アリスアイレスに帰るのは」
空を飾る二つの月を探すも、彼の向こう側にある。月光がスノウの座るバルコニーに、彼女自身の影を落としていた。柵を挟んで反対側にいる背合わせの彼の体温が伝わってくる気がする。
「シセルズさんとお会いするのも、本当に久々ですね」
兄の名前を出され、セフィライズは大きく息を吸った。再会したら、どんな顔をしたらいいのかわからない。どう話題を切り出して、何を聞いたらいいのかすら。きっと会えば頭が真っ白になるに違いないのだ。
セフィライズの雰囲気が変わった事に気がついたスノウが、ほんの少し体を前にかがめ、後ろを振り返る。未だ後頭部しか見えない彼の髪は、月明かりに照らされて絹糸のように美しい。体を支える為に床についた手も色白く、スノウの肌の色とは違う。
「セフィライズさん?」
「……あぁうん。兄さんは……きっと元気にしてる」
そう言いながら、彼が体を少し動かし振り返った。目が合う。いつか見た、儚く見える笑みを浮かべて。
「どう……」
彼に何か、憂う事があるのだろうか。白き大地で世界樹の残存した音をマナに変換したのだ。もう邪神ヨルムを復活させる理由もないず。不安に思う事が、悩む事が、あるのだろうか。そう思って、スノウは声をかけようとしたが、彼がすぐに背を向けて立ち上がった。
「もう遅いから。寝た方がいい」
そう言いながら部屋へ戻ろうとするセフィライズが振り返り、再びスノウを見た。月明かりが彼のちょうど背から光さし、風になびく髪を繊細に照らしている
「スノウ、長い間……ありがとう」
「え? あ……はい、わたしこそ。無理についてきたのに。ありがとうございます」
花と学問の都カンティアで、彼に無理を言ってずっと一緒に旅をした。ベルゼリア公国の領土に入り、リヒテンベルク魔導帝国に捕まり、コンゴッソ側に向かう壁を越えれず壁内の世界を移動しエルフの森へ。そして白き大地からこのコカリコまできた。
セフィライズとたくさんの時間を一緒に過ごし、多くの夜を超えて、心の近くまで触れられる程の会話をした事もあった。その全てがもう遠い過去。その長い旅はもうすぐ、アリスアイレスで終わりを迎える。
スノウは目を細めた。月明かりを背にした彼の顔が良く見えない。影の中で、うっすらと笑っているように見えた。
「君と過ごした時間は……とても……」
忘れられない程、とても濃い時間だった。多くの苦難を一緒に越え、終わりを迎える彼自身の全てを、捧げたいと思う最初で最後の人。
「とても、楽しかった」
「はい、わたしも。とても……」
その闇の中を、一緒に歩いて行きましょう。そう言った事をスノウは思い出した。バルコニーの柵に阻まれ、手を伸ばしても触れる事ができないセフィライズは、今。
闇の中を共に歩いていたのに、繋いでいた手を離しその先に向かって、そしてその漆黒の中に一人で消えようとしているように見えた。
「あの、セフィライズさん……!」
掴もう。深淵に自ら向かおうとする彼の手を。必ず一緒に。そう誓ったのだから。
「おやすみ、スノウ」
伸ばす手を。彼は。
「はい、おやすみなさい」
もう、握り返してはくれないのだ。
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