24.華燭の典編 贈る
セフィライズが下を向いたまま黙り込んでしまうのを見て、スノウは彼が語らなかった言葉を必死に考えた。
ギルバートが言っていた、きな臭いというのが引っかかる。何か、悪い事がアリスアイレス王国に起こるかもしれない。それを気にして、残るように言っているのかもしれない。
そう推測できたところで、話題を変えようとスノウは手を叩いて笑顔で彼を見た。
「あの。ギルバートさんにお祝いの品を何も、送ってないなと思って……今日はとりあえず、何か探して明日お渡しするというのは、どうでしょうか」
スノウはこのままだと、セフィライズがすぐに戻ると言い出しそうだと思った。もう一日ゆっくりしてもらいたい、しかしそれを直接伝えても彼は納得しない事はわかりきっていた。この言い方がおそらく、一番いいだろう。
「たしかに……」
「わたしの地域では、羊や果物などを贈るのです。白き大地ではどんなものを贈っていましたか?」
スノウが育ったのは砂漠が大部分を占めた地域で、乳も出し肉になる羊と、滅多にとれない果物は最上級の贈り物だ。結婚式当日に羊を一頭捌いて焼いて参加者に振る舞う。スノウ自身は参加した事などないが、何か特別な場所ではなく家の前で自然と集まって行われる婚姻の儀式。橙色の大きな花弁を周囲に巻いて、その中で行われる。
「……新婦側は織物、新郎側はナイフ。参加者は蝋燭を……」
織物は歴史を繋ぎなさいという意味が、ナイフはマナの薄くなっていく世界で、自身を犠牲にしてでも相手を守りなさいという思いが込められている。そして白き大地では蝋燭作りが盛んという事もあり、相手の幸せな未来を思ってそれぞれが手作りして持ってくる。薬草や花を蝋の中に溶かし硬め、模様を掘って祈りを込めるのだ。
結婚の儀を行った新郎新婦は、その初夜に参列者からもらった蝋燭全てに火を灯す。その優しい光の中で眠るのが風習だ。溶けてなくなった蝋燭に込められた願いが、その夜の間に二人を包み、永劫に幸福を与えると言われている。
スノウは地域が変われば贈るものも風習も違ってくるのだなと思った。一般的に何を贈るのだろう。
「どんなものがいいでしょうか」
スノウがうーん、と首を傾げながら悩んでいる。目が合うとふんわりと微笑まれて、セフィライズはどうして突然こんな話になったのか気がついた。
「……気に、しなくてよかったのに」
「何がでしょうか」
スノウはとぼけて見せた。
「いや……。じゃあ、少し何か。見にいこうか」
そう言って微笑むセフィライズを見て、スノウもまた頷いて笑顔を見せた。
あれがいいか、これがいいか。そんな話をしながらコカリコの街を散策する。通りの端に織物を敷いて、その上に商品を並べて商いをしている。膝をおり、物色している彼の横顔をチラリと見た。そういえばこうして彼と一緒に出かけるのはいつぶりだろう。カンティアで、一緒に出かけた時。こうして自然と隣にいたその時の事を思い出して。
「何か、気になるものでもあったか?」
「あ、いえ……」
パッと視線を外す。恥ずかしくなってしまった。
好きなのはわたしだけ、彼はなんとも思っていない。意識ているのは、わたしだけ。
スノウは呪文のように唱えて早くなった鼓動をおさめようと胸に手を当てる。はぁーと息を吐いて、大きく吸って。
「どう……」
どうした、と声をかけようとして、その瞬間気がついた。下を向いて彼に顔を見せないようにしている彼女の頬が、少し赤い事にも。
「他も、見に行こう」
気がつかないふりをして立ち上がり、彼女に背を向け歩き出す。スノウの気持ちを知っているから。少しでも、彼女の中から自身の存在を消したいと思う。だから、あまり配慮しすぎてはいけない。近くにいるのはよくない。
スノウは一人で先に行ってしまう彼の後ろを慌てて追いかけた。しかし、あまりそばに寄らないように気をつける。まるで思い出したかのように、先ほどまではなかった壁を感じたからだ。
「あの、わたしは……時間がわかるものとか、どうかなって思うのですが」
「時計、かな?」
振り返ったセフィライズが立ち止まる。スノウも距離を空けて止まった。
正確な時間を知らせる時計はまだまだ高級品だ。一般的に時間は、街にある金が一定の時間を知らせる。だから夜などは金がならず、今が何時なのか全くわからないのだ。季節ごとに変わる月や星の位置を見てなんとなく把握する状態。
「確かに日中は、鐘が知らせてくれるけど。夜は……でも大体、月を見れば」
「あったら、便利かなって思ったんです」




