23.華燭の典編 散策
スノウはセフィライズの事がとても心配だったが、ギルバートにそっとしておくのがいいと言われてしまった。
仕方なくコカリコの街へ散策に出る。まだ壊れたままや建設中のところもあるが、人通りは多く賑やかだ。以前、彼と購入した露天の店の近くまできた。懐かしくなりながら売られている食べ物を覗き込む。丸いパンに見えたが、中にたっぷりジャムが入っているらしい。そういえば、彼が買ってくれたのは飲み物だった。甘酸っぱく、独特な何かが鼻を抜けるなんともいえない味だった。
「一つください」
そのジャムが詰まった丸いパンを購入し、食べ歩きをしようと以前ガーゴイルの像があった広場まで足を進めた。かじってみると中から出てくるのは少し黒ずんだ橙色のジャム。それが彼と飲んだあの飲み物の風味と同じで驚いた。この地域の特産品の果物なのだろうか。
一緒に飲んだ時の事を思い出す。少し距離があって、よそよそしい話し方をしていたような気がする。でも、どこか気遣っているのはとてもよくわかった。
その時はまだ、こんなにも好きになるだなんて思っても見なかったな。そう彼女は心の中で呟いた。
中央の広場までくると、大穴が空いていた場所はきれいに埋められ、ガーゴイルの像があった場所には大きな花壇があった。植えられている花はどことなく色褪せ元気がない。花と学問の街カンティアで見たのとは大違いだ。おそらくそれは、大地に含まれるマナの量の違い。
花壇のふちに座り、先ほど購入したジャムパンを食べてしまう。スノウはしばらくその場で行き交う人を眺めた。馬に荷物を引かせた人や、大きなリュックを背負っている人。両手にパンパンに膨らんだ鞄を下げている人。宿場町と壁越えの拠点だっただけあって、何かしら物を運んでいる人が多い。壁がなくなった今もまだ、流通の際に必ず通る場所なのだろうか。
その後も復興途中のコカリコの街を見て回り、昼を大きく過ぎたあたりで宿に戻った。入るとすぐにカウンターに立っているオリビアがおかえりなさいと声をかけてくれる。スノウはそれに頭を下げた。
「コカリコの街は少し埃っぽいでしょう?」
「はい、あの。でもすごく、建物もたくさんできてて、お店も」
「生活を取り戻そうって、みんなで頑張ったから。復興も早かったわ。もちろん、アリスアイレス王国の援助のおかげもあるけどね。そうだ、スノウさんお昼は食べたのかしら?」
「はい、外でちょっと……買い食いしちゃいました」
独特な風味のあの果物はなんだろうかと聞いてみると、やはりコカリコの特産品だそうだ。黄色い顔程の大きさの果実らしく、表面は棘がたくさんありやや硬いそうだ。生食ではなく煮たり焼いたりして食べるもの。
「夜にソテーにして出してあげるわ。美味しいのよ」
「はい、楽しみにしてますね」
微笑むとオリビアも嬉しそうに笑ってくれる。じゃあと挨拶して部屋に戻ろうとすると、ちょうど階段から降りてきたギルバートに声をかけられた。
「おかえりスノウさん! 街は楽しかった?」
「はい、とても」
それはよかったと喜ぶギルバートが、親指をたてて上の方を指す。その意味がわからず首を傾げると、苦笑されてしまった。
「起きてたよ」
「えっと……」
「セフィ、起きてたよ。さっき様子見に行ったんだ。スノウさんも顔見せてあげたら?」
はっと気がついた表情を浮かべると、さらにギルバートが笑った。
スノウは階段を上がり、彼の部屋の前へ。扉を叩くと間を空けて彼が出てきた。
「あの、体調の方はどうですか?」
「あぁうん……だいぶ良くなった」
顔色も悪くないしいつも通りに見えてスノウはほっする。
「でも、今日はゆっくりしましょう。明日また」
「その、事なんだけど……先に、戻ろうかと思って。後で迎えを送る。だから君は、一旦ギルバートのところで待機してもらえないだろうか」
彼女の顔を真っ直ぐ見れなかった。視線を逸らし、扉の柱に体重を預けながら先ほどと同じように額に手を当て顔を隠す。
「どうしてですか?」
「……」
適当な理由がすぐに出てこない。すらすらとそれっぽい事が言えたらどれだけいいだろうと思った。
説得できたらいいよ。そう言ったギルバートの言葉が頭をよぎる。説得なんて、今までスノウにできた試しがない気がした。
「わたしが先に戻り、後からセフィライズさんが来られるのはなんとなくわかります。今まだ、万全ではないでしょうから。でも、わたしが残るのは……わかりません」
少し彼女の語気が強くなった気がして、表情をチラリと見る。芯の通った強い瞳が、真っ直ぐにセフィライズを見ていた。何度目かのため息をつく。
「……危ないから」
「何が、危ないのですか?」
もう答える事ができない。下を向くのをやめ体を真っ直ぐにして頭ひとつ分程背の低い彼女を見る。
もしも、リヒテンベルク魔導帝国と戦争状態になったらどうなるだろうか。場所にもよるがおそらく彼は最前線へ。スノウは後方になるだろう。争いの中に置きたくない。何かあってはいけない。すぐそばにいて、守る事ができなくなるのだから。
「……なんでもない」
息を飲んだ。疑うような視線を見せる彼女に、たとえ素晴らしい理由が用意できたとしても今からでは手遅れだ。




