22.華燭の典編 説得
仕方ないなぁ、とギルバートが半笑いで手を上げオリビアを呼ぶ。彼女は頭を抱えるセフィライズを見てすぐに察したのか、奥から飲み物を持って戻ってきた。彼の目の前に出されたそれは、なんだかどろっとした緑色の液体だ。
「二日酔いに効くからグイッとほら、飲むといいよ」
スノウはそれを見ただけで不味そうだなと思った。同じ事を思ったのか、セフィライズが怪訝な目でギルバートを見る。
「何? 大丈夫だよ、すっごい効くから!」
ほらほら飲んで! と昨晩と同じような言い方でそれを勧めてくるものだから、また深いため息が出た。
「わかった……」
一口、飲むとすぐに彼は分かりやすく顔に出た。
「まずい……」
「それは仕方ないね。ほらもっと飲んで」
スノウは本当に嫌そうに飲む彼を見て、少し面白くて笑ってしまった。朝食を頂きながら、彼は何も食べないのかなと気にしたが、声をかけるよりも先に、何もいらないとギルバートに言っている。
「お水……たくさん飲んで、今日はゆっくりしましょう」
スノウは水を彼に差し出すと、彼の表情がほんの少しだけ緩んだ。
「あぁ、うん……」
彼がその苦い二日酔いに効くとかいう謎の飲み物を全部頂いたのを見ながら、治癒術ってもしかして……と思った。しかし再び口に出そうか迷っている間に彼が立ち上がる。
「部屋に、戻ってるよ」
「二泊目は料金もらおうかな」
「払う」
「冗談なのに」
真面目だなぁとギルバートが笑う。しかし相手もせず歩いて戻る彼の後ろ姿は、確かにしんどそうに見えた。昔見た、シセルズの姿に被って見える。
「スノウさんも、ゆっくりしていいからね」
「はい、ありがとうございます」
深々と頭を下げ、スノウは出された朝食を丁寧に頂いた。
ギルバートは少し時間を空けて部屋に戻ったセフィライズを訪ねた。扉を叩くとしっかりした返事が聞こえる。中を覗くと椅子に座ったまま机に肘をつき、額に手を当てている彼がいた。
「どう?」
「さっきよりは、いい」
「ほら、効いたでしょあれ」
笑いながらセフィライズの前に座る。よく見ると確かに先ほどより顔色がいい。
「ギル、昨日の……」
「え、ああ……きな臭い話?」
リヒテンベルグ魔導帝国がアリスアイレス王国に戦争を仕掛けるかもしれない。その噂話が事実になるなら、セフィライズはこんなところでのんびりしている場合ではなかった。
「すぐ、戻ろうと思っている。ただ……」
一つ、考えている事があった。スノウを伴うかどうか、だ。戦争状態になれば危ない、コカリコの街に置いて行くのがいいと思う。ただ、適当な理由が見当たらないのだ。
「彼女を、預けたいと思って」
「ん? スノウさん?」
ギルバートが理解できないといった表情のまま首を傾げる。
「スノウさんは……アリスアイレスで、働いてるんだよね?」
具体的にいえばセフィライズの下という立場の事をなんとなく説明すると、なおさら彼はわからないといった表情を浮かべた。
「置いていく理由が、僕にはちょっとわからない。自分の国の一大事だよ? それに、スノウさんは確か治癒術師だよね。戦争になればすごく重要になってくるんじゃないかな」
ギルバートが言うことは最もだ。わかっている、普通に考えたら伴って帰国するものだ。だからこれは。
「……個人的な、」
続けようとする言葉が思いつかなかった。口籠るセフィライズを見て、ギルバートが察し手を叩く。
「あーなるほどね。うーん……でもちょっと、僕は手伝えないかな。スノウさん、頑固そうだし」
セフィライズが黙って帰国すればおそらく、自分一人でアリスアイレスに戻るとか言い出しそうなのはギルバートから見てもよくわかる。それを止める事はおそらく無理だと考えていた。
「セフィが説得して。彼女が納得して残るなら面倒見るよ」
「説得……」
深いため息が出る。どう考えても無理なのが目に見えているからだ。肘をついた右手で再び額に触れ項垂れる。そしてまたため息をついた。しばらく黙ってセフィライズを見ていたギルバートが、外に視線を向ける。はっと思いだしかたのように話だした。
「そういえば、突然壁が無くなったのは知ってるよね?」
「あぁ、うん……」
「それって、なんかリヒテンベルクとか、関係あったりする?」
「……どうだろう。壁越えが無くなって、確かに移動に関しては容易になったと思う。でも……」
「そうじゃなくって、聞き方を間違えたよ。ええっと……」
どう聞いたらいいものかとギルバートは顎に手を当てながらうーんうーんと声を出す。セフィライズが不思議そうな顔で見た。
「……セフィに、なんか関係ある?」
「どうして、そう思った?」
「うーん……元冒険者の、勘?」
ギルバートがにやりと笑う。その発言に、セフィライズは表情にはっきりと出してしまった。すぐに隠すように頭を押さえて下を向くも、ギルバートが「あぁ……」と小さく声をあげる。
「なるほどね」
「……関係ない」
「はいはい。詳しく教えてって言ってもいわなさそうだから。でもスノウさんを置いていきたい理由は色々とわかった気がするよ」
それにしてもすぐ顔に出るね。なんて笑われるから再びため息が出る。セフィライズはもう額に手を添えたままずっと下を向く方が良さそうだと思った。
「まぁ、頑張って説得してみて」
トントンと、セフィライズの背を叩きながらギルバートは立ち上がり部屋から出ていった。




