19.華燭の典編 祝い
夕方に近づいて、なんだか窓の外が騒がしく感じた。バルコニーに出てスノウは外を覗くと、以前ギルバートと一緒に行動していた彼の仲間達がぞろぞろと宿の前に集まっている。先ほどギルバートが言っていた結婚式の為に来たのだろう。上から声をかける勇気はないが、とても懐かしく感じて嬉しくなった。
柵で遮られているだけの隣のバルコニーをみる。セフィライズの部屋だ。とても静かで、今なにをしているのだろうと思う。別れてからほんの二時間弱、隣の部屋を訪ねようか、どうしようか迷いながらベッドの上でゴロゴロしてみたり、部屋をうろうろしてみたりしていた。
バルコニーの柵にもたれながらため息をつくのとほぼ同時、スノウの部屋のドアが叩かれる音がした。振り返ると同時に、セフィライズの声が聞こえる。それだけなのにとても嬉しくて、笑みが溢れた。
「はい!」
小走りでドアに向かう。開けるといつも通りの彼が立っていた。
「そろそろ、行こうか」
「あ、はい!」
食事に。ギルバートのお祝いに、という事だろう。スノウはいつもちょっと、足りない言葉がかわいいと思う。でも、なにを言いたいのかわかる。口元を押さえて笑みを少しこぼすと、彼がまた首を傾げた。
「あの、ごめんなさい。行きましょう」
スノウは歩き出してから、ちゃんとした服とか持ってない、この状態でいいのかなと不安になった。しかし酒場に入るとすぐに問題ないという事を理解する。その場にいた全員、普段と変わらない服装で既に酒を飲んでいたからだ。
彼らがその場に現れると、数人の視線が集まる。セフィライズの見た目を物珍しそうにする者が多かったが、ギルバートの昔の仲間たちが嬉しそうな顔をして近寄ってきた。
「わぁ、お久しぶりです!」
アリスアイレスは大丈夫ですか? こんなところにいて平気なんですか? といった質問を、答える隙もなく浴びせられる。彼は少し困ったように後ずさった。たじろいでるところがいつも通りのセフィライズで、それもまた嬉しくなる。
「あの、アリスアイレスに戻る途中で。本当にたまたま立ち寄ったんです」
助け舟をと思ってスノウが声を出す。セフィライズは少し胸をなで下ろした。
「そうなんだ、スノウさんも久しぶり。ほらほら、一緒に飲もう!」
彼らはスノウの腕を引っ張って連れて行くものだから、セフィライズは少し慌てて手を伸ばそうとして、そしてやめた。黙って一度下を向き、後ろについていく。
配膳の必要がないブッフェ形式の料理が中央のテーブルに並べられ、横には山積みの酒類。自分でついで飲むのだ。
「スノウさんは何飲むの?」
「スノウさんって麦酒飲める?」
取り囲まれて質問され、お酒を勧められて、今度はスノウがたじろいだ。スノウ本人はあまり飲める方ではないと思っているのもある。それに、セフィライズと一緒に飲んだあの甘いお酒を、今まで合計四杯ぐらいしか飲んだことがない。
「あの、えっと……」
「……スノウは、あまり飲めないみたいだから。酒以外を、もらってもいいと思う」
今度は隣に並んだセフィライズが、助け舟を出すように庇う。それを聞いて、食い気味だった彼らも少し落ち着いて謝った。スノウは柑橘系の果物を絞った飲み物を薦められ、会釈しながら受け取る。隣を見るとセフィライズが目の前にあった酒瓶を確認せず適当についでいた。
スノウとセフィライズは先に周りの人と乾杯を済ませる。食べ物を皿に乗せたりして席に着くと、自然と二人だけの状態になった。
「お腹空きましたか?」
「少し」
セフィライズが目の前の食べ物に手を伸ばす。少量ずつのそれを静かに口にしている彼を、彼女はジュースに口をつけながら見た。初めて食事をしているところを見た時、この人は食べる事ができるんだ、って心から感じた事を思い出しだす。
人間ではない、まるで別世界に生きているかのように感じたあの時。生きた人形のように、作り物のように見えた。
「美味しいですか?」
「あぁうん。スノウは、食べないのか?」
「はい、あの。頂きます」
口元に料理を運ぶ。何か話さなきゃって、思ってしまうあの頃に逆戻りしている気がした。咀嚼し飲み込んだ後、その何かを言葉にしようと口を開いたその時、歓声が聞こえた。声のする方を見ると、ギルバートとオリビアが丁度酒場に入ってきたところだった。




