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17.華燭の典編 現状



 小さいがあたたかな雰囲気のその宿に入ると、カウンターの中に栗色の巻き毛の女性が立っていた。スノウはその女性にとても見覚えがあり、目があった瞬間指を差しながら「あ!!」と叫んでしまう。

 コカリコの街がウロボロスと不死者の群れに破壊し尽くされていたあの時。ガーゴイルに襲われて瀕死の重傷を負っていた女性だ。セフィライズの血液を使い、スノウの癒しの力で助けた、その人。


「いらっしゃいませ。えっと……どこかで、会ったかしら?」


 スノウは不思議そうな彼女に頭を下げて謝る。しかし胸に手を当てながら、嬉しさに満面の笑みを浮かべた。あの時諦めなかった、助けた命がこうして繋がって、そして幸せな形で目の前にある。自分の力で誰かが救われたという事実が、スノウにとっては変え難い喜びだった。

 セフィライズもスノウが何故驚いたのか、その瞬間理解していた。しかしあえて知らないふりをする。おそらく本人は何も聞かされていないのだろう。あの後すぐコカリコの街を去ったのだから、誰も教えなければわからない。ここで話題にしたところで、恩を売るようだなと思ったからだ。


「ただいま。彼らは僕の大切な友達なんだ。セフィライズとスノウ。彼女はオリビア、僕の婚約者だ」


「初めまして」


 セフィライズが会釈しながら手を差し出す。オリビアは彼の見た目に関して戸惑う事も一切せず、周りにいる誰とも変わらない人といった態度でその手を握り返して挨拶をした。


「結婚式の為に呼んだの?」


 スノウとも挨拶を終えたオリビアが、カウンターに上半身を預けて立つギルバートに笑いかける。


「まさか、ほんとにたまたまだよ。セフィライズはこう見えても、アリスアイレス王国のお偉いさんなんだよ」


「まぁ、じゃああの……氷狼(フェンリル)さんかしら。すごい人と知り合いなのね!」


「いやー、昔、仕事でね。ね、セフィライズ」


 ギルバートがオリビアにデレデレと照れ笑いを浮かべる。その姿を見て、またもやスノウはいいなぁ、と思った。お互いを見つめ合う視線が、もうとても幸せそうで、本当に本当に。


「……以前、彼にはお世話になりました」


「こちらこそ、アリスアイレス王国のおかげで大変助かりました。心からお礼申し上げます」


栗色の髪を揺らしながら彼女は頭を下げる。セフィライズもまた会釈をした。

 

「んじゃ、部屋に案内するよ」


ギルバートに肩を叩かれ連れられた先にある階段を登った。セフィライズと歩幅を合わせて隣に並んだ彼が嬉しそうに笑う。


「いい女でしょ。惚れたらだめだよ」


「まさか」


「セフィライズには、もういるのかな?」


 暗にスノウがそうじゃないのかと聞くために、ギルバートは視線を後ろをついて歩くスノウに向ける。不思議そうに首を傾げる彼女に、手を振って笑って見せた。


「……いらない」


「なに? もしかしてそれ、気にしてるのかな?」


 セフィライズは冗談混じりで銀髪に触れてきたギルバートの手を、うざったそうに払い除けた。


「そういう、わけではないけど……」


 気にしているかと聞かれたら、別に色がどうとかそういう事はもう、気にしてはいない。本当に、ただの白き大地の民だったらなにも気にしていなかったか、と聞かれたらそれはわからない世界だ。ただ、この生まれなら気にするもなにも、もう。


「諦めてる」


 ギルバートは廊下の先に視線を落としたまま進むセフィライズの顔を覗き込み、少しばかりため息をついた。もう一年程前だ、共に旅をしたのは。その時の、最後の方のセフィライズはもう少し、なんというかもう少し。


「もうちょっと、前はもっと明るかった気がするよ」


 影はあったけれどもう少し、悲観的な雰囲気はそんなにも濃くなかった気がするのだ。廊下の突き当たりでギルバートが止まるのと同時、セフィライズは何の事かわからず首を傾げながら止まった。


「はい、今日のご宿泊はこちらでーす」


 ギルバートが扉を開けると、宿の中でもいい部屋なのがわかった。ギルバートは廊下をもう少し歩き、スノウに手招きをする。すぐ隣の部屋の扉を開けた。


「別々がいいでしょ?」


 ギルバートが、本当は一緒がよかった? なんて悪戯っぽく笑う。スノウは恥ずかしそうにしながら、別々で……と小さく答えた。


「この宿一番と二番のお部屋、もちろん一番はスノウさんの方だからね」


 二人が一緒に寝ても余りそうなほど大きなベッドが一つ。家具などの調度品も艶やかな木目が美しく、何より目の前に大きな窓と外へつながるバルコニーが見えた。


「ま、ほとんど変わらないんだけど、スノウさんの部屋の方がちょっとベッドが大きいかな?」


 セフィライズの部屋はシングルベッドが二つ置いていあるらしく、それ以外はいたって変わらない。一番景色のいい二つの部屋だった。スノウは中に入り、バルコニーへ続く窓を開けてみる。外はコカリコらしい土煙と大通りを行き交う人々を見渡せた。


「夕食は一階の隣で小さな酒場やってるから。実は今日、本当にたまたまなんだけど、小さく結婚式しようって話になってて」


「そうなんですか!?」


 スノウは両手を合わせて、嬉しそうに口元へ持っていく。ギルバートもまた、照れたように頭をかいた。


「こう、すごいのじゃないよ? 仲間呼んで、酒場貸し切って少しね。みんなで騒ぐ見たいな、そんな感じだよ。まだ復興途中だしね。軽く?」


 ギルバートが、今晩だからぜひ参加してよ、と親指を立てて笑う。セフィライズはそれを見て薄く笑いながら頷くので、スノウもまた「ぜひ!」と言った。







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