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13.白き大地編 大切なもの



 ザーザーと、雨音がする。



 セフィライズはその音で顔を上げた。



「目が、少し腫れていますよ」


 すぐそばにいたヘイムダルは、顔を上げたセフィライズを覗き込むようにして言った。彼が目元を擦る。

 既に焚き火は消え、小さな狼煙のようにけむりが上がっている。周囲を見渡すと彼女の姿はなく、崩れた建物が侵食されるように、雨水があちらこちらに溜まりを作っていた。


「スノウは……」


「あれから、戻られてません」


 あれだけの事をして、戻っているわけない。しかし今は雨が降っている。


「どのくらいたった?」


「二、三時間てしょうか……」


 どこに行ったのだろう。雨に濡れていないだろうか。そんな心配をしてしまい首を振った。もう一度その場に座り膝を抱えて頭をつける。

どうせそのうち戻るだろう。白き大地には野獣や魔物といった類のものはいない。動物ですらもう、いないのだ。一人では遠くに行くこともできない、アリスイアレスまでの道もわからない。だからきっと戻ってくるはず。

 そう言い聞かせたまましばらくそのままでいるも、雨脚が強まるばかり。


「セフィライズ……」


「なに……」


「我が、口を出す事ではないと……わかっているのですが。あなたは少し。もう少し『世界の中心』と自分を、切り離して考えてもいいのではないですか」


 顔を上げた彼は、自嘲するように笑った。


「……もう、諦めたよ」


「そうですか。でもスノウさんは、諦めていない様子でしたよ」


 その発言に、セフィライズは驚いてヘイムダルを見る。今彼女がどこにいるのか、何をしているのか、知っているという口振りだったからだ。


「スノウさんは、ずっと……」


 ずっと、探していらっしゃいますよ。


 ヘイムダルの言葉が、最後までよく理解できなかった。音が耳を通り過ぎた、何も聞こえなかったと錯覚する程だ。


「え……?」


 理解できないという顔でヘイムダルを見ると、雄鹿の彼は微笑みながら頷いた。


 諦めてない。探している。

 彼女が諦めないで探している。


 何を、と口に出そうになったが、そんなものはわかりきっているのだ。



 投げた首飾りを、この雨の中探しているのだ。




 力の入らない体で立ち上がった。スノウが眠っていた場所に彼女が抱きかかえていた宿木の剣(ミストルテイン)が落ちている。それを拾い上げると、ヘイムダルが一瞬焦りを見せた。彼に気がつき、その雄鹿に軽く頭を下げ微笑んでみせる。今は……使う気がない。

 雨のせいで視界が悪い。建物から一歩、外へ歩き出すのに何の躊躇いもなく、彼のブーツはその雨水の上を進んだ。







 多分この辺りだ。すぐ見つかる。


 探し始めたとき、スノウはそう思った。しかし崩れた瓦礫の山の中、隙間に落ちてしまえばその小さな青い石はもうどこに行ったかわからなかった。建物を構成していたであろう白い石を持ち上げる。重くて動かす事が難しいものもあって、気がつけば手はかすり傷だらけになっていた。

 探しても探しても探しても、見つからないそれをただひたらすら諦めず。探し続けている間に雨が降り始めた。頭からすっかり濡れてしまっても、瓦礫を掻き分けるのをやめない。



「スノウ」


 彼女はセフィライズから声をかけられ振り返る。それ以上何も言えないのか、彼が気まずそうにそこに立っていた。


「ごめんなさい、もうすぐ戻りますから」


「……もう、諦めてほしい」


 雨の中で瓦礫を掻き分ける彼女の背に、つぶやいた。


「……わたしは、諦めません」


「あんなもの、気に入ってたのなら別に似たようなものを用意すればいい」


 固執する意味が、セフィライズにはわからなかった。別に大したものを渡したつもりもない。今となっては変に勘違いをさせてしまったくだらないものだと思っていた。


「……あんなもの、じゃないです……あれは、あれはわたしの大切な、思い出のひとつです!」


 スノウは震えながら立ち上がった。振り返り、セフィライズを見るとよくわからないといった顔をしている。

 少し人とズレているから。以前彼が発した言葉が通り過ぎた。


「嫌いです……」


「え?」


「わたしは、セフィライズさんのそういうところが、大嫌いです!」


 全部自分で決めてしまうところとか、君にとっていいだろうと押し付けてしまうところとか、何も言わないところとか、何に関しても最初から諦めたようなところとか。

 優しさなのかもしれない、彼の弱さなのかもしれない。でも、そういったところが、嫌いだと、声を大きくして叫んだ。


 雨の音で遮られていても、それははっきり彼の耳に届いたはずだ。下を向いたまま雨に濡れているセフィライズは黙ったまま聴いて、そして微動だにしなかった。


「……そうか」


 顔を上げた彼は、伏し目ながら薄く笑ってて。それを見て逆に彼女の胸が痛いんだ。


「……君の、大切な思い出を、勝手に捨てたのは……悪かった」


 勘違いをさせてしまった、不必要なもの。代用品がいくらでもあるような、特別ではないもの。そう思って、そして彼女にとっていらないと勝手に決めつけてしまった。

 いや違う。無かったことにしたかった。その時は、色んなものに心が押しつぶされそうで、自暴自棄になりながら咄嗟に、何も考えずに、手を伸ばしてしまった。


「ごめん」


 小さな声だがはっきりと、彼はスノウの目を見て言った。



 







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