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12.白き大地編 首飾り



「生きる事を、諦めないで!」


 スノウの叫び声が聞こえて、彼は目を見開き振り返った。ヘイムダルの後ろから、早足で歩いてくる彼女はすぐにセフィライズの前で止まる。頭ひとつ分低い彼女が、強い色を宿した瞳で見上げてきた。



「死にたいなんて、言わないでください! 生きる事を諦めてはダメです! わたしは……わたし、は」


 愛してくれなくてもいい。でもあなた事を愛している。

 だから生きていて欲しい。どんな時でも、笑っていてほしい。


 その気持ちを強く込めて、今一度吐息を漏らすかのように「生きる事を諦めないで」と繰り返す。


 目の前に立つ彼女に、セフィライズは手を伸ばしそうになった。触れて、引き寄せて、抱きしめて、そして何も考えずに、言いたい。

 本当は、とても。


 どんなに辛くても、諦めない心とか。穢れない笑顔とか。

 会話のたびに微笑んでいるところとか。

 名前を呼ぶと嬉しそうに振り返り、その柔らかな金髪が揺れるところとか。

 恥ずかしい時は髪を撫でる仕草。

 芯の通った瞳も、強い透き通った青緑色の虹彩も。


 本当は。



 終わっていく自分と、続いていく彼女。



 触れては、いけないものだ。




 セフィライズは下を向き、食い込む程に強く手を握りしめた。深く深く、息を吐いて、そして覇気のない瞳の色で彼女を見た。

 無だ。もう、何も……思ってはいけない。



「スノウ、君に……返事を、してなかったと思う」


 スノウは顔を上げて声をかけてくるセフィライズが、今までに見たことがない程に他人に見えた。今初めて出会った、全く知らない人という感覚。何もない、全てない。そこには虚無しかない。


「……私は、君を好きになる事はないし、これから行動を共にする事はできない。アリスアイレスまでは、連れ帰る。あとはもう」


 セフィライズを見上げたまま動かない彼女。彼女の首元に、贈った首飾りが見えた。

 どうしてこんなものを贈ったんだろう。どうして、彼女は受けとったんだろう。あの時の全てが鮮明によぎる。今思えばもうずっと、あの頃から既にスノウの事を想っていた。それに気がつかないまま、なんて愚かしい事をしてしまったのだろう。


 忘れてほしい。全てを。無かったことにしたい。何もかもを。


 自暴自棄に近い感覚が心を蝕んだ。体が痺れ、頭が痺れ、感情が死んでしまったかのように。

もう、どうでもいい。どうでもいい。



 彼はスノウの首元を彩る彼女へ贈った青い石の首飾りへと手を伸ばした。その金の細やかなチェーンへ指を差し入れ、そして思いっきり引きちぎる。驚いた彼女が首元を押さえた。


「勘違いを、させた事は……謝る。もう、これも……いらないものだ」


「だめ!」


 スノウは彼が握る首飾りに手を伸ばす。返して欲しいと言わんばかりに。

 セフィライズはそれよりも早く、それを傾斜のきつい瓦礫の残骸へと投げ捨てた。小さなそれが、虚しい音を発しながら叩きつけられる。


 強烈に、全てを無かったことにしたくなった。


 月明かりしかない夜。その瓦礫の中、青い石はすぐどこに落ちたかわからなくなった。スノウは口元を抑え、起きたことを理解できないまま座り込む。月を背後にした彼は、暗くてよく見えない。

 セフィライズは座り込む彼女を無視して戻ろうと歩き出した。ヘイムダルの横を通るとき、彼が何か言いたげに首を向けてくるも全て気がつかないふりをして進む。


 振り返らない。絶対に。


 焚き火を起こしたところまで戻ると、セフィライズは座り込んだ。顔を埋めて、息を呑む。


「ごめん……」


 傷つけた。わざとだ。

 わざと彼女の心をナイフで切り刻んだ。同時に、自身の心臓も切り刻まれたかのように痛い。胸元を押さえて、何度も何度も息を吸い込む。

 苦しい。



 諦めなければ。

 全てを。


 スノウと一緒にいる事も。

 生きていたいと思う事も。


 そしてただひとつ、強く願う事は。




「だから、どうか……別の、人と……」


 全てを忘れて、全てを諦めて、別の誰かと、続く世界で幸せになってほしい。












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