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11.白き大地編 希死




 どうして、足りなかったのか。まだ残っているはずだ。

 マナに変換しきれなかった世界樹の根が。

 絶対に芽吹かせるだけのマナは足りるはずなのだ。何が間違っていたのか。



 どうして。



「芽吹かせる事を、考えたのか」


 囁かれたのは、イシズの声だった。目を閉じたままで、世界は真っ暗だ。意識の中に注がれるように聞こえる。


「世界樹の根を、マナに変化しようと……」


「それで? 強く願ったのか。全てを覆そうと、強く」


 セフィライズは目を開いた。視界に入るのは一部が崩れた天井。薄暗い崩壊した建物の中。

 しかし体は金縛りにあったかのように動かず、耳鳴りのような音がずっと頭に響いている。


 覚悟が足りなかった。

 あの時心から、願っただろうか。


 あの時最後に想ったのは。



 スノウと一緒に。まだこの世界に、いたいと。






「中途半端な覚悟では、僕の『大いなる願い』には敵わないよ。僕は全てを賭けた。僕の、全てを。貴様はそれを、書き換えれるのか」


「それは、今なら足りる、という事だろうか」


 世界樹の根は全てマナに変換されている。今一度、強く願えば芽吹かせる事ができるとうい事だろうか。


「既に枯渇した大地へ溶け使われた。もう足りないな」


 イシズの言葉は、その瞬間でなければ無理だったとはっきりと述べている。

 自分のせいだ。あの時、強く願わなかったから。あの時、諦めなかったから。


「まだ、どこかに……」


「この世界に、貴様が望むものは」


 その瞬間、閉ざされていた窓が開いたかのように感覚がはっきりとして、本当の意味で目が覚めた。雨音がしっかりと聞こえ、セフィライズは体を起こし周囲を見渡す。もうイシズの声は聞こえない。あたりは暗く、月明かりが崩れた建物を神秘的に彩っていた。

 一度も燃えた形跡がない木の枝が集められている。彼女が火を起こそうとしたようだ。それに手をかざし、詠唱の言葉なく炎を放つと薪が優しく燃える。その近くにスノウが眠っていた。大切そうに宿木の剣(ミストルテイン)を抱えながら。

 セフィライズは起き上がり、ゆっくりと彼女のもとへ。宿木の剣(ミストルテイン)に手を伸ばそうとして一瞬悩んだ。もし今、この剣を取ったら彼女は目を覚ましてしまうかもしれない。


 深くため息をついて手を戻した。天を仰ぐように息を呑み、セフィライズは歩きだす。既にもう、記憶は薄れているが確かに暮らしていた白き大地の民の城。思い出を辿るように進み、建物の真裏までくると残骸が傾斜のきつい大地にずっと広がっていた。月明かりに照らされて、セフィライズ自身の影もまたその残骸の上に伸びる。

 手を持ち上げ、そして握りしめた。目を瞑り、今一度息を呑む。


 どこかにないだろうか。どこかに、もう一度大量のマナをもたらすものが。

 しかしいくら考えても、もう思いつくものはなかった。



 失敗した。



 自分の浅はかな想いのせいで、最大の好機を。もう二度とは得られないものを、無駄にしたのだ。




「セフィライズ」


 声をかけられ振り向くと、そこには月明かりで一層神秘的な枝角をしたヘイムダルが立っている。彼はゆっくりと近づき、距離を開けて止まった。


「どうして、止めた」


「足りないと、わかっていたからです」


 拳を握りしめ、セフィライズは再びヘイムダルに背を向けた。自身の影が落ちる瓦礫のずっと先に目を向ける。白い山脈が続くその向こうは、こぼれ落ちそうな程の星空だ。雲ひとつなく、風が夜の草原を撫でる。


「他に……」


「……もう、何も。我は知りません」


 わかっている。もうない事ぐらい。

 器に『世界の中心』を抱えながら、朽ちるのを待つしかない。そしてその時、この世界は終わる。

 『大いなる願い』が発動し、世界に終焉と再生が訪れるのだ。


 止めたい。なんとしても。

 この先を、生きて行くのは。


 

 自分を恨み、憎んだ。

 どうしてあの時、想ってしまったのか。


 諦めたはずだ。全てを。

 願ったのだ、幸せを。


 なのに。



 諦めない。もう一度心に思う。セフィライズは自身の手を持ち上げ強く拳を握る。今まで散々諦めて生きてきたのだ。ほんの少しの絶望で、諦めるわけにはいかない。

 しかし追い討ちをかけるように、その拳を開いて手のひらを見た瞬間、反対側がうっすらと透けて見えた。

 次第に体全体が淡く発光するように透ける。自身のみぞおちの辺りを見ると、体の中に幾重にも花弁が浅く重なり合う花が浮いていた。


 人間じゃない。

 お前は人間じゃない。彼女と一緒にいることなどできない。それなのに、願ってしまった。想ってしまった。


 諦めろ。




 そう言われている気がして、体を抱くようにして下を向く。ゆっくりと透過がおさまると息を飲みもう一度天を仰いだ。




「ヘイムダル……俺は……諦めないと、誓ったのに」


 誓った。彼女の為に、この世界を存続させると。必ず成し遂げると。

 なのに。



「……どうしようもなく、思う。何も……知らずに、いれば」


 心なんてなかったら、こんなに悩むことも苦しむこともなかった。

 諦めない、そう言いいた。


 それでも。



「……もう、死にたいと」


 何もかも諦めて。何も見なかった事にして。


 何も知らないふりをして。


 全てを終わらせてしまいたいと、思ってしまう。





 


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