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6.白き大地編 熱




 雨が木々の葉を打ち付ける音を、セフィライズは眼を閉じながら聞いていた。しばらくすると、それに雑音が混じりだす。誰かが大樹の根に巻き付く木板の廊下を上がってくる音だ。

 テミュリエがスノウの名前を呼びながら、もう少し、大丈夫! と励ましている声。気が付いたセフィライズが目をあけ、入口に手をあて外を覗くと、ずぶ濡れのスノウがおぼつかない足取りでテミュリエに支えられながら進んでいた。


「ごめんなさい」


 セフィライズが顔を出したのに気が付いたスノウは、思わず微笑んだ。雨の中に出たセフィライズの手がスノウへと延びる。思わずそれを握り返し、気が付いたら倒れるように彼へ体重の半分近くを預けていた。

 隣で体を支えていたテミュリエは複雑そう表情を浮かべる。どうしてこうなったのか、何か言い訳を並べそうになり、慌てて口をつぐんでいた。セフィライズから向けられる視線を逸らす。


「取り合えず部屋に。君も、着替えたほうがいい」


 スノウはセフィライズに寄りかかりながらなんとか部屋に入る。何度も頭を下げ大丈夫です、と手を振って部屋の端へ移動した。


「すみません、着替えてすぐ休みますね」


 スノウは取り繕うように笑って服を脱いだ。彼が焦り気味に背を向けたのに気がついていたが、余裕がなく配慮することもできない。濡れた服を全て着替え終わると、何度か頭を下げながらベッドの上に。

 セフィライズは布団を引っ張り上げて顔を埋めて横になってしまう彼女に何か声をかけようと思った。後ろでテミュリエがセフィライズの服を引っ張り、ものすごく小さな声で雨の中コゴリの実を取りに行っていた事を告げる。そしてさらに小さな小さな声で「ごめん」と呟く。責任を感じているが、セフィライズに話すのは不服といった表情だった。


「……スノウも望んで行ったのなら、別に君が謝ることじゃないと思う」


 下を向いて複雑な表情を浮かべる少年の頭の上に、セフィライズはタオルを置いた。








 何度かうなされながら目を覚ましたスノウに水を飲ませるのを手伝いながら、夜になった。テミュリエも疲れていたのか夕方には眠ってしまうものだから、少年の体を持ち上げてもう一つのベッドへと寝かせる。


「ごめんなさい」


 スノウの声が聞こえ、起きたのかと思い顔をのぞくも彼女はうなされているようだった。


「お母さん……」


 その言葉に、セフィライズは少し驚いた。そういえば、彼女から家族の話なんて聞いたことがなかった。冷静に考えればまだ十代で、無理やり親を殺され引き離されてきたのだから、当たり前と言えば当たり前なのに。

 勝手に強いと思っていた。

 こんなところまで、一緒に来た彼女を。でも本当に、本当にただの少女なのだ。


「ごめんなさい……わたし……が、、できて」


 うなされながら何かを謝っている。彼女の額からずり落ちた濡れタオルを拾い上げ、たたみ直して置いた。


「大丈夫……」


 眠っているから、聞こえないだろう。スノウの手にセフィライズ自身の手を添えた。また何かスノウが謝っている。それが何か、はっきりと聞こえない。もう一度、大丈夫と呟くと少し安心した表情を浮かべた。


「わたし……好きな人が、できて。ごめんなさい」


 スノウのはっきりとした謝罪に、セフィライズは目を見開いた。


 以前彼女の口から聞いた過去。スノウが誰かと、特に男の子と関わる事を異常に嫌がっていたという話を思い出した。それはおそらく、大切に受け継がれてきた治癒術が、断絶してしまうかもしれないから。一族を継ぐ力も血も、途絶えてしまう事を恐れたから。


「勘違いを、させるような事をして。ごめん」


 自分じゃない、もっと違う誰か。ふさわしい誰か。

 スノウの手を握り、目を閉じた。

 熱い。


「本当は……」


 本当は、一緒に生きていきたい。スノウの好きな人が、自分で嬉しいのに。それに手を伸ばして、握って、歩いていく事ができない。


「ありがとう」










 真っ暗な森の中、セフィライズの足が一歩大地を踏みしめると、その場所だけがふわっと淡い灯に光って見えた。それが一歩一歩、スノウへ近づいてくる。顔を上げると、いつものように優しい笑顔を浮かべた彼が、手を差し伸べてくれた。


「ごめんなさい」


 微笑みながらその手を握り返す。力いっぱいひかれて、立ち上がって。前にいる彼は。






 スノウはベッドの上で目を覚ました。まだ頭痛とほんのり体も熱くてだるい。周囲は静かで薄暗く、自分の力で着替えて眠ったところまでは覚えていたがどのくらい時間が経っただろうか。

 いつもセフィライズが使っているベッドの上に、テミュリエが静かに眠っていた。当たりを見渡すと椅子に座った状態の彼が、一本の柔らかなろうそくの灯火の中で麻袋の中に手を入れている。それはスノウが集めたコゴリの実が詰まった袋だった。


「あ……」


 思わず声を出してしまい、はっとして口元を抑えた。

 しかしスノウが起きたことに気がついたセフィライズが振り返る。薄暗くて表情までは見えなかった。



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