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5.白き大地編 雨宿り




 セフィライズから話しかけられる事がないまま数日が過ぎた。


 その間、スノウはテミュリエと共に子供の遊びに興じていた。ウルズの泉に小石を投げて水面を跳ねさせたり、葉っぱで舟をつくり川に流したり、木の実や果物をとって食べたり。

 スノウはそういえば子供のころ、こうして誰かと遊ぶ事などなかったと思う。だから余計、童心に返ったようでとても楽しんでいた。しかし本当は、こうして夢中になってセフィライズの事を考える時間を減らしたかっただけなのかもしれない。ただの現実逃避なのかもしれない。そう切なくなる瞬間がある。

 しかしテミュリエがまるで察したかのように、スノウのその心の動きに気が付いて無邪気に笑いかけてくれる。スノウ自身それがとてもありがたかった。


 



 ある日、テミュリエから特別な場所に連れて行ってあげるという提案を受ける。スノウは前日の夜にはセフィライズへと報告を済ませ、かなりの早朝、テミュリエとウルズの泉のふちで待ち合わせた。



「おはようスノウ! 今からいくとちょうどいいから、いこ!」


 少し遠いんだ、と笑うテミュリエが指をさす先はまだ行ったことがない方向だった。少年が進む先をついて歩きながら、ふと彼女は思う。

 このエルフの森(ホルトゥラーヌス)には、ウサギやネズミ、フクロウ等は見るのだが人を襲う野獣と遭遇しない。奇形の姿をした魔物といったものも出会った事がない。

 スノウはそれとなくテミュリエに聞いてみると、彼もまた見たことがないという。



 かなり歩いたな、と思う頃。

 その場の雰囲気が少し変わった。低い木が増えだしたのだ。葉がくるりと捻じれていて、幹は灰色に近いその低木。よく見ると枝分かれしたその根本にいくつもの黒く硬い殻の実がついている。


「ほらスノウ、ここだよ!」


 テミュリエは嬉しそうにその低木に手を伸ばし、その実をとってスノウに見せる。


「コゴリ、ですか?」 


 見たことがある。彼の為に、誤って雨の日の朝に収穫したのだろう、とても苦い実を買ったのだ。


「すごい! スノウ物知りだね!」


 嬉しそうにその殻を割り、中の白い実を口に入れる。もう一つ割って、今度はその中身をスノウへと差し出した。

 スノウは口に入れる事をほんの少し戸惑った。それはあの苦みを思い出したから。一緒に思い出したものはもちろん決まっている。彼の、事だ。


 コゴリの苦みは、今のスノウの心を表しているようだと思う。


「おいしいよ」


 テミュリエはすでに何個も殻を割り、その白い実をほおばっている。

 指でつまんだそれを、彼女は口にいれた。強烈に思い出された苦みとは、真反対な味が口の中に広がる。ほんの少し独特で、木の実とは思えない程に口の中でほどけて無くなっていく。とても濃厚な味。



 ――――あれは、美味しかったな……


 そう、遠くを見ながら思い出していた彼の表情が、声が、仕草が。すべて鮮明に思い出された。



「いっぱい食べたら、これに入れて持って帰ろ!」

 

 差し出された麻袋を受け取り、スノウはコゴリの実を沢山詰めた。ぽつりと、肩に冷たいものが当たる。見上げるとその頬にもまた水が滴った。


「あれ、雨?」


 テミュリエが片手を広げて上を見ながら言う。早く戻ろうと少年が促すので慌てて帰路についた。しかし元々かなり移動してきたせいか、雨脚が強くなる前に戻ることができず足止めを食らってしまう。

 随分と濡れてしまった。雨を避け、テミュリエが見つけた大きな樹洞へともぐりこむ。スノウは冷えた体を抱きしめるように外を見た。


「しばらく止みそうにないね」


 一緒に外を覗いたテミュリエが無邪気に笑う。濡れてもさほど寒さを感じていない様子だった。逆にスノウは染みるように寒さを感じ始め、腕をさする。このまま濡れた服を着ているのはよくないと思い、テミュリエに断りもなく上の服を脱いだ。


「え、ちょっと!」


 スノウが突然肌着になるものだから、テミュリエは慌てた。彼女から見てまだ少年の彼の前で脱ぐ事に、何の抵抗もなかったようだ。だがテミュリエから見れば、女性が脱ぐというのはさすがに照れを隠せなかった。


「すみません、着たままだと風邪をひくかなと」


 じっとりと濡れた服を絞り、パタパタと動かしてみる。それに揺れる風すら、彼女にとっては冷たかったのか震えた。地面に座るとまだ乾いているが、雨が染みるように地面を這ってくる。張り出した根の上に腰掛け、雨音を聞きながら彼女は瞳を閉じた。


 麻袋にいっぱい詰めた、コゴリの実。

 これを持って帰ったら、きっと嬉しそうに食べてくれる。


 そう心にふわっと浮かんだ。




 テミュリエは止む気配のない雨をしばらく見ていた。


「ダメそう。一気にもどろっか?」


 そういいながら振り返ると、呼吸が粗いスノウがぐったりと顔を赤くして根にもたれかかっていた。テミュリエはかけよりながら彼女の額に手を当てる。とても熱く感じ、慌てながらどうしようかとあたりを見渡した。

 スノウを無理やりこの雨の中歩かせるわけにはいかない。かといってこの場所で放っておくわけにもいかない。


「どうしよう、どう……」


「ごめんなさい、大丈夫です。戻りましょうか」


 スノウ自身もここに長く雨を避けていても意味がない事を察し、ふらつきながら立ち上がった。脱いだ服をもう一度着ると、あまりの冷たさにめまいがしそうだ。でもぐずぐずもしてられない。動けなくなる前に、雨の中でも移動しなくては。


 スノウが率先して外へ出る。テミュリエは戸惑いながらスノウの後ろへ続いた。ゼイゼイと粗い息を繰り返すスノウの手を取り、うねる根の道を進む。







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