4.眷属との誓い編 大親友
スノウは視線を感じた気がして振り返った。一角獣の墓のそばにテミュリエが立っている。
ヘイムダルはそれを確認すると静かに目を閉じ、そして墓に背を向けた。
「ではスノウさん。我も少し用事がありますので」
そう言うとヘイムダルは見えない空の階段を上るように浮いた。駆ける軌跡に光の痕跡が見えるに優雅な姿は、木々の茂る青い葉に遮られて見えなくなっていく。
それを見送った後、スノウはテミュリエのところへと進んだ。
「おはようございます」
そう声をかけると、テミュリエは今にも泣きそうな顔をしてスノウを見上げた。
「大丈夫ですか?」
テミュリエの身長に合わせスノウは少しかがんだ。潤む瞳の奥に憤りを感じる。強く握った拳と一緒に、肩を震わせていた。
「……あいつが、あいつが来なかったらよかったのに。そしたら、俺はずっとヘイムダルと一緒にいれたのに!」
首を振りながら声を震わせて叫ぶ少年の拳に、スノウは手を添え微笑む。
「俺は、一人ぼっちになった! 全部あいつが、あの原罪のせいだ!」
「一人ぼっち、なんかじゃないですよ」
両手でテミュリエの拳を握り、顔を覗き込む。スノウはなるべく柔らかく温かい声を出すように心がけた。
「わたしとお友達じゃないですか。たから、一人じゃありませんよ」
「どうせスノウは、あの原罪と一緒にこのエルフの森から出ていく。そしたら……」
「一緒にいる事だけが、重要だと思いません。わたしはどこにいても、テミュリエさんを想います。だからどうか、テミュリエさんもわたしを想ってください。想える人がいれば……」
想える人がいれば、一人じゃない。
想える人がいれば、頑張れる。
目を閉じて、心から想うのは。
「落ち着いたら、会いにきますね。テミュリエさんも、よかったらアリスアイレスまで会いにきてください」
スノウはテミュリエに語り掛けながら想う。彼の事を、心から。
セフィライズに好意を伝えてしまったから。彼とは一緒にいれないのだろうとわかっていた。アリスアイレス王国に戻ったら、おそらくそれが最後。
接する事が無くなったら薄れてしまうだろうか。もっと強く焦がれるだろうか。それはそうなってみないとわからない。
でも、この想いが無くなることはないのだろう。今感じているすべて。
遠い未来、いつか懐かしく感じる日が来るのかもしれない。
痛みが、薄れる日がくるのかもしれない。
「なんでスノウが泣くの……」
テミュリエに言われ、スノウは自分の頬に触れた。指摘された通り、流れる涙が止まらない。
「ごめんなさい、どうしてでしょう」
辛いのはテミュリエなのに。それを包んであげたかったのに。
スノウは戸惑いながら作り笑いを浮かべて涙を拭いた。
「……もう、仕方ないなぁ……俺が、スノウを守ってあげる。だから泣くなよ、俺が一緒にいる」
子供らしくテミュリエは胸を張った。手の甲をスノウに見せると、彼女が涙を拭きながら首を傾げる。
「知らないの? こうやってお互いの手の甲を三回叩くの。誓いの証! エルフがやるらしいよ」
自慢げにまた笑うから、つられて彼女も笑う。テミュリエのまだ一回り小さい手の甲に、自身の手の甲を三回あてた。
「約束! 俺とスノウは大親友! スノウを泣かせる奴は、俺がやっつけてあげる」
「ふふっ、ありがとうございます。テミュリエさん」
「さんはいらないよ」
「そうですね、テミュリエ」
テミュリエは嬉しそうに笑ってスノウの頬に手を伸ばす。まだ少年の彼が満面の笑みで涙を拭いてくれた。
幼いテミュリエを、スノウはとても可愛らしいと思った。再び、必ず会いに来ますねと伝えると、テミュリエもまた頷く。
「俺も、もっと大きくなったら絶対、絶対アリスアイレスに行くからね!」
「はい」
アリスアイレスはとても寒い国なんですよ。スケートっていう競技が盛んで、みんな氷の上を滑って遊ぶんですよ。スノウがそんな話を続けると、テミュリエが嬉しそうに笑う。
楽しみだよ、必ず行くよ。そう笑いながら、お互い再び手を取り合った。




