3.眷属との誓い編 一緒に
「約束を、破るんですか?」
セフィライズを一人にさせられない。何故か強くそう思う。
スノウは傷つきながらも力強い目でセフィライズを見上げた。
「……たしかに」
セフィライズはここで折れればまた同じ事の繰り返しだと思った。白き大地まで。一緒に行こうとに告げたのはまぎれもなくセフィライズ自身だ。約束を破るのも違う気がする。
「わかった。白き大地へ行ったあと、アリスアイレスに移動する。そのあとは……」
そのあとは。続けられない言葉。そもそも白き大地から、アリスアイレス王国まで移動できるだろうか。そこで旅は、終わりのつもりなのだから。
「……少し、今後の事を話してくるよ。決まったらまた報告する」
スノウから目をそらし、セフィライズは彼女の横を通って去っていく。
それを呼び止める事もできず、スノウは手を握りしめ胸にあてた。
彼の態度に、傷ついたなんて言わない。わかっていたことだ。伝えてしまったら、これまでの関係はすべて終わってしまうのだと。
顔を上げると目の前には、勇猛さを兼ね備えた雄鹿が立っている。普通の鹿の三倍はあろうかというその背には、人が二人乗ってもまだ余裕がありそうなほどしっかりとしていた。その目は深い色でスノウを見つめてくる。ほかのどんな鹿よりも立派な枝角の形に、なんだか見覚えがあった。
「ヘイムダルさん?」
「おはようございます。スノウさん」
その雄鹿が優しく微笑んだ。歩み寄ると本当に大きく、見上げると少し怖い程だ。
「どうして、その……体が、大きくなられたのでしょうか」
「これは、我が久々に主を持ったからですね。神獣である我々は、主を持つと真なる姿に戻ります。我は主へ、主は我へとマナを共有しあいます」
「主、ですか? その……どなたが」
スノウは質問してから口元を押さえた。何を聞いてしまったんだろう、すぐにわかることだ。ヘイムダルが言う主は、もう彼しかいないのだ。
「どう……なりますか? セフィライズさんは、どうなりますか?」
スノウ自身は一角獣と契約していた。しかしそれは、契約という言葉の信仰である。神々の眷属と対当ではなかった。神様を敬うことで授けられた力とでもいうのだろうか。
それに対してセフィライズは、神獣の上に立つ契約を結んだという事だ。それは、人間に許される事なのかもわからない。神獣を従える人とはどのような存在なのだろう。彼自身が大丈夫なのか、それがとても気になってしまった。
「……そうですね。イシズ様も元はただのハーフエルフでした。我と契約をし、宿木の剣の真の力をふるいその身を気高きものへと変化させていった。そして神々と同じ領域へ、足を踏み入れられたのです。おそらくセフィライズもまた、同じ道を選ぼうとしているのでしょう」
「人では、なくなるという事ですか?」
もとより白き大地の民は人ではない。ただのマナの塊でしかない。その事実を告げるか、ヘイムダルは一瞬迷った。
「その領域に足を踏み入れる事ができたのならば、おそらく。死を超越し新たな世界すらも創造する存在とは、なれるでしょう」
踏み入れる事ができたのなら。その言葉は少し、声を揺らがせてしまった。ヘイムダル自身も、おそらくセフィライズもわかっている。登っていく階段は、必ず途中で途絶えている事が。
「どう、どうしてですか? どうして、セフィライズさんはそんな事を」
「この世界を、存続させる為です。おそらく思っている以上に、マナの枯渇した世界という現実が目の前にあると思ったのでしょう」
スノウは今まで意識していなかった。確かにこの世界は段々と、マナが薄くなっていってる途中かもしれない。しかし、そんな切迫した状況だとは感じていなかった。それに、今までセフィライズと共に行動していて、彼がそれを気にかけている様子もなかった。どうにかしようとしているそぶりも無かったのだ。
スノウから見れば、突然の決断に見えた。本当に唐突に。
何故? 急にどうして?
その疑問をヘイムダルにぶつけても、おそらく彼は答えられない。しかしセフィライズ本人に聞くことなどできるだろうか。
隠し通すと誓ったのに。言葉にしてしまったから。
もう、元には戻れない。




