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外伝 かくれんぼ

スノウが5歳ぐらいの時の話


 痩せた大地。遠くまで続く砂だらけの世界。そこを歩くのは頭かからストールをすっぽり被り、身なりを隠す集団だ。その中でただ一人、大人の中に紛れて小さな子供が歩いていた。その子だけは丸刈りにされた頭を出して、紺碧の宝石のような瞳を空へと向ける。

 土埃が目に入って痛い。砂地は足が沈んで歩きにくい。しかし文句の一つも言わず、大人の足についていく。母親に手を引かれながら。


 何日か歩いて、やっとオアシスを中心に広がる小さな小さな集落へと辿り着いた。久々に遠慮する事なく飲む事ができる水に、全員が喜んでいる。ストールを外すとみんな女性。美しい金髪と丸刈りの子供と同じく輝くような翠色の瞳をしている。


「お仕事に行くから、大人しくおばあちゃんと待っているのよ?」


 子供の頭に、母親が手を乗せる。そばに立つ老婆が、やせ細った丸刈りの子供の体をひいて抱き締めた。


「誰とも話してはダメよ?」


「はい、お母さん」


 何人かの女性と一緒に集落に消えていく母の姿を見送ると、周りには年老いた女性ばかりが残った。唯一の子供であるその子は、老婆達にとても大切にされている。親達が仕事から帰ってくる明日の朝まで、面倒を見てくれるのだ。


 手遊び、お絵描き、しりとりなどをしながら過ごす。そうして母親がいない夜を過ごし、朝を迎えた。


 朝、目を覚ますと、面倒を見ていた老婆達は夢の中だった。砂漠の朝は寒く、群がるように眠いっていた老婆達の隙間から体を起こす。周囲は静かで、震えながらオアシスまで歩いた。

 水に口をつけ、満たされるまで飲む。


「おい」


 声をかけられ顔をあげると、茶色のくりくりした髪の毛の男の子が数人立っていた。


「昨日やってきた奴らだろ」


 同じぐらいの年齢の男の子。戸惑った。母親から、誰とも話してはいけないと言われていたからだ。


「なんだよ、しゃべれねーのかよ」


「話したら、だめなの……」


ごめんなさい。そう言って立ち去ろうとする行く手を、彼らは塞いだ。


「俺はゼン。名前は?」


「わ、わたし……スノウ」


「しゃべってるじゃん」


「丸刈りだー」


 おろおろとしている間に男の子達に取り囲まれる。背後にいた子がスノウの頭を触った。髪は生えてくるとすぐに剃られてしまうのだ。産まれてからずっとそうだった。忌み物だと言うのだ。母親は美しく長く、伸ばしているというのに。


「目の色もすげぇ」


「ねぇねぇ、どこから来たの?」


「あ、あの……」


 同年代の、しかも男の子に話しかけられる事など経験がなく、恥ずかしくてどうしていいかわからない。母親から言われた、誰とも話さないという約束も破ってしまった。どうしようと胸元を抑える。


「おい、やめろって」


 最初にスノウの名前を聞いた少年、ゼンが両手を広げて大きく前にでた。


「ごめんな?」


 そう言われてスノウはその少年の顔を見上げる。褐色の肌に黒い髪と目の健康そうな男の子だった。

 

「みんな珍しいんだよ。そうだ、ねぇスノウ。一緒に遊ぼうよ」


 そう言って、ゼンは手をスノウに差し出した。周りの子も一緒に遊ぼうと声をあげている。

 遊ぼう。なんて言われた事がなくて、スノウは戸惑った。今まで同年代の子供と遊んだ事なんてない。怖い、だめだ。そう思う気持ちと、遊びたい、と思う気持ちと。


「ねぇ、鬼ごっこ! 知ってる?」


「鬼ごっこ?」


 追いかける側が鬼。逃げる子を追いかけて、捕まえたら鬼の役目が入れ替わる。そしてまたおいかっけこ。その説明を聞いて、スノウはとても楽しそうだと思った。体を動かす遊びなんて、ほとんどしてもらった事がない。気がついたらゼンに手を伸ばしていた。


「よし、遊ぼう!」


 めいいっぱい引っ張られ、走り出す。スノウの人生で初めての鬼ごっこ。集落中を走って、大声で笑って。こんなに同年代の誰かと遊ぶのが楽しいなんて知らなかった。夢中になってしまって、時間も周りも見えないまま誰かとぶつかった。


「ごめんなさ……」


 ぶつかった人へ顔を向けると、それはスノウの母親だった。瞬間にして、約束を思い出す。誰とも話してはいけない。それなのに、男の子と話してしまった。


「何をしてるの?」


「おーい、スノウー! どうした?」


 立ち止まったスノウの元へ戻ってきた男の子達をみて、母親の表情は一変した。恐怖と憎悪を浮かべ、ゼンの前へ足速に向かい、片手をあげて強く少年の頬を平手打つ。そして金切り声のように叫んだ。


「うちの子に近づかないで!」


 脅迫にも似た声と気迫で、少年達は泣きながら去っていく。その後ろ姿をスノウは呆然と眺めた。つい先ほどまでとても楽しくて、そして笑顔を向けてくれた彼ら。気が立っているのか、息を荒げて戻ってきた母親は彼女の前に膝をついた。


「ごめんなさい。でも、遊んでいただけなの。鬼ごっこ……」


「お願い、約束してスノウ。誰とも話さないで。男の子はダメよ。お願い……」


 両肩に手を置かれ、母親の額がスノウの胸へ当てられる。辛そうな彼女を気にして、スノウは両手で頭を抱きしめた。


「……うん。ごめんなさい」


「もう、あなただけなの」


「わかってるよ」


 わかってる。もう何度も何度も。祖母からも、母からもいわれてきた言葉だ。癒しの神エイルの眷属との契約を受け継いできた彼女達の中で、もうその術を使えるのはスノウしかいない。彼女達が守ってきた神殿も血族も、引き継いでいけるのはスノウだけ。

 立ち上がった母親に手をひかれる。スノウが振り返ると、建物の端から顔を覗かせていたゼンと目があった。


 楽しかったよ。ありがとう。それぐらいは言いたいなと思ったけれど、きっと母親は許してはくれない。


「かくれんぼしよう! 今度見つけたらまた……」


 今度見つけたらまたいつか。遊んでほしい。












end






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