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外伝 特別な王様 3



 再び横になる弟の体に布団をかけ直す。ふと、そのあかぎれた手が目に止まった。ため息をついて軟膏を手に戻り、その小さな手の傷に塗る。その時、無表情だったセフィライズの眉が動いた。


「痛いのか?」


 そう聞いても、返事はない。ただ指の傷を軟膏のついた手で擦るたびに。


「……痛い時は、痛いって言え」


 それでも何も言わない。セフィライズの口をつまむように握った。


「ほら、痛い。痛いって言ってみろって。言えって!」


 腹が立った。これは容器だ。違う、人間なんだ。その二つの感情が渦巻いてどう接していいかわからない。

 強く揺すって声を荒げると、絞り出されたように声がでた。小さな声で「痛い」と。

 軟膏を塗り終わり、セフィライズの手をベッドの上に置く。


「こういう時は、ありがとうって言うんだよ」


「……ありがとう」


 今度は声を荒げなくても、はっきりとした声を出した。目を丸くして見ると、虚な銀の虹彩が見つめてくる。感情のないと思っていた瞳はどこか、不思議そうにしているように見えるのだ。


「とりあえず、寝ろ。寝たら治る」


 そう言ってシセルズは部屋を出ようとした。


「返事は、はいって言えよ」


 ドアを閉める間際、そう言うと今度はすぐに「はい」という声が返ってくる。


 あれは人間じゃない。魂が入っていない。そう思いたいのに。

 存在を消してしまいたい感情と、何処に向ければいいかわからない怒りと。


 なんとかしてやらないといけない。

 そう、思う気持ちと。


 シセルズは閉めたドアを背にため息をついた。どうしたいのか、自分が一番わからない。






 それからはなるべく、こういう時はこんな言葉を発するんだと教えるようになった。おやすみなさい、おはようございます。こんにちは、こんばんは。教えれば指示通りになんでもする姿を、やはり魂の入らない人形だと思うのか、それともその中に、感情のある人間がいるのか。


 セフィライズがカンティアで危うく殺されかけた事件の後、自分の身を守る手段が必要だからと剣術や体術の訓練に出す事になった。

 初日、シセルズは別の用事があって、一人で行かせる事になったのがとても不安だった。全てが終わっただろう時間に迎えに行くと、指導に当たっていた小隊長とセフィライズを出入り口に連れてくるレンブラントがいた。


「ありがとうございました」


 シセルズが頭を下げる。目の前まで歩いてきたセフィライズは無傷で、少しホッとした。


「すごく物覚えがよくて。すぐに上達しますよ。教えがいがあります」


 小隊長が嬉しそうにセフィライズの頭を撫でる。評価される事を喜ぶべきだとシセルズはわかっていたのに複雑で、そして不機嫌な表情を浮かべてしまった。

 まだか細い腕を掴み、引っ張って帰る。その後ろを黙ってレンブラントがついてきた。途中、室内庭園の傍を通ると、セフィライズの進みが悪くなった。強く引っ張って歩くよう促しても、すぐに重くなる。


「おい、しっかり歩けって!」


 イライラして、振り返りながら怒鳴りつけた。その後ろに、少し驚いた顔をしたレンブラントが立っている。シセルズは罰が悪そうな表情をして下を向いた。


「……休憩していきましょう。途中から見ておりましたが、一度も休まれる事なく訓練を受けていたので、疲れているのでしょう」


 シセルズは弟の手を離した。行ってこいと言わんばかりに肩を軽く押す。理解したのか一人でゆっくりと庭園の方へと向かっていった。


「シセルズ様は……」


 レンブラントは、どうもシセルズが歳の離れた弟の扱いに困っているように見えた。その質問をしようかと思ったが、しかしすぐ黙る。あまり人の関係に踏み込みすぎるのはよくない。


「俺も、ちょっとぼーっとしてくる」


 何をイライラしているんだろう。どうして心がモヤモヤしているんだろう。シセルズはよくわからない感情を抱えたままセフィライズのあとを追った。

年中温暖で、多彩な植物が植えられたその室内庭園の端、白詰草が満開に広がっている。セフィライズはその手前にしゃがみ、その白い花に手を伸ばしていた。


「知ってるか、これをこうやって……」


 セフィライズの横に座り、シセルズは白詰草を茎をなるべく長く残して何本も詰む。そうして二本を手に取り、茎を巻き付けてゆっくりと花輪を作り始めた。あまり上手にできないが、作り方だけはなんとか知ってる。五本程つなげたところで、セフィライズの手に置いた。花はあっちこっちに曲がり、茎は緩い所もあるがちゃんと繋がっている。


「こうやって繋げていって、王冠が作れるんだ」


 手の上に置かれたそれを、ぼーっと見つめている。そのあとでセフィライズは白詰草を摘んだ。茎を長く残し、それを手の上に置かれた途中の花輪へと繋げていく。しっかりと編み方を教えたわけじゃない。隣でやってみせただけ。なのに。


「……なんで、すぐできるんだ」


 シセルズの頭に、先ほどの小隊長の言葉が浮かぶ。物覚えがいい、すぐ上達する。目の前にいるセフィライズは、しっかりと教えなかった花輪をもう、彼よりもうまく次々に繋げていっている。



 どうして。


 シセルズの中に、自身でも嫌にになる程どす黒い感情が再び溢れた。



 俺は全てを無くしたのに。

 家族も、栄光も、約束された未来も。全て。消えてなくなったのに。

 特別だったのに。


 他の誰でもない、特別な自分だったのに。


 どうして、目の前にいるこれは、何も無くしていないどころか、全てを持っている。





 特別だったはずなのに、こいつのせいで全て無くした。

 特別だったはずなのに、今の自分は。





 




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