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外伝 特別な王様 2




 シセルズは風呂から上がり、弟の体を拭いてやる。いつも風呂上がりはなんだか服が濡れていて、髪から水が滴っている事も多かった。このくそ寒いのに何考えてるんだ、馬鹿じゃないのか、とずっと思っていたがもしかしたらやり方を知らないのかもしれない。そう思ったのは、風呂に入るように言うだけでは体も髪もちゃんと洗えてない実感を知った時だった。


「こうやって、ちゃんと拭けよ。寒いからな。髪が凍るぞ」


 手間がかかる。面倒くさい。そう思いながらシセルズは脱衣室で棒立ちのセフィライズの頭を雑に拭く。途中でやめて自身の髪を拭き出すと、何も指示をしてないのに弟が自分で髪を拭き始めた。

 なんだ、できるんじゃん。そう思って少し感心した。


「指、あかぎれてるからなんか塗っとけよ。あと、服着ろ。わかるよな?」


 流石に服の脱ぎ着はわかるだろう。シセルズはさっさと自身の支度を終えて振り返ると、なんだかんだとちゃんと服を着ようとしているセフィライズがいた。


「あ、おいそれじゃねぇから。こっち!」


 シセルズは弟が先ほど転けて泥だらけにした同じ服を着ようとしていて慌てて止めた。新しい服を渡すのを忘れていた。それなら新しいのは無いのか質問の一つでもすればいいのにとため息をつく。


「せっかく風呂に入ったのに汚れるだろ。ほら、汚い方よこせ。持ってやるから」







 同じ道を戻る。風呂上がりの体が冷やされる前にと、シセルズは早足で進んだ。歩きの遅いセフィライズの腕を再び無理に引っ張り、半ば引きずるように。

 ログハウスに戻るとすぐに暖炉に火をつけた。シセルズは火にあたりながら一息つき、思い出したかのように振り返ると、セフィライズが未だに入口で棒立ちの状態だった。


「何してんだ、体冷えちまうぞ。こっちに来い」


 呼ぶと言われた通りに近くまできたその手を引く。既に手は冷え切っていた。無理やり暖炉の前に座らせ、頭からふかふかのタオルケットをかけてやる。まだ髪が少し濡れていて、体が小刻みに震えていた。


「お前な、寒かったなら早く来ねぇとダメだろ?」


 そう言うとまた、焦点の定まらない瞳がシセルズを見上げた。


「……お前、本当に……」


 人間を、どこから人間というのだろうとシセルズは思った。何の感情を持ち合わせてない、返事もしない。ほとんど声を出さない。ただ言われた事を理解して動いてるだけのそれは、人間と言えるのだろうか。

 これは、本当に。『世界の中心』が入った動く容器。


 器が壊れ、死なれたら困る。生きてもらわないと困る。


「本当に、人間なんだよな? それとも……」


 見上げてくる瞳に正気が感じられないほど虚なのは、その器に魂がないからなのではないだろうか。目の前にあるのは『世界の中心』という新たな世界樹の種子を植えられた肉の器。


 見られるのに耐えかねて、シセルズは思わず強くセフィライズの肩を押してしまった。床に倒れても何の反応も示さない。


「こんな、物の為に……」


 こんな物のために、白き大地は滅んだのか。

 こんな物のために、全てが。


 手に入れるはずだった全てが無くなってしまったのだろうか。


 動かないその人間の器に、シセルズは雑に軟膏の入った容器を投げ、それを塗ってとりあえず寝ろとだけ指示を出した。今はこれ以上、近くにいたくない。どうしようもない喪失感が、怒りが湧いて理由もなく殴ってしまいそうになったからだ。






 どうなったかなんて知らない。

 壊れたら困る。そう思いながら、まぁ大丈夫だろう。そんな気持ちも混じって、シセルズは気がついたら朝を迎えていた。二階から降り、既に火が落ちた暖炉の前に、うずくまっているそれに気がついた。


「おい、こんなところで寝たのか」


 手で触れよう、起こそうと思えない程、どうでもいい物に見えてしまった。白き大地でずっと、そうやって扱ってきたから。何の違和感もなく、足でその体を動かした。

 顔色が悪く息遣いが荒い。冷え切った体で、ぐったりとした様子だった。


「お、おい……」


 正直慌てた。ほったらかしたら死ぬんだって思って。

 その時突然、目の前の弟の体が淡い光を放ち出した。ゆるく点滅しながら灯るその体の中心に、見たこともないものがある。幾重にも花弁が折り重なる、浅いカップ咲きの花だ。セフィライズの腹の辺りで浮いていて、それが何度も柔らかな光を放っているのだ。

 シセルズは驚きながら手を伸ばした。触れよう、しかしその花に手が届くことはなく。


 これが『世界の中心』


 白き大地の神殿。壁画に描かれた世界樹の木の根元に、同じような花があった。そこから淡いマナの光が大樹へと昇り、幹を通って枝葉から世界へと広がってく。


「本当に……」


 疑っていたわけじゃない。でも本当に、この器の中に『世界の中心』があるのだ。それを目の当たりにして、シセルズは言い知れない感情に苛まれた。


 約束された未来。白き大地で、世界樹を芽吹かせこのマナ不足を救う。父親の跡を継ぎ即位して、特別な存在になるはずだった。


 全てが終わって。何も手元に残っていない。何もかも無くなってしまった。だというのに、目の前にあるのは『世界の中心』を失う事なく内包している、自身の弟。


 俺は無くしたのに、お前はどうして。何も無くしてないんだ。

 

 目の前から消してしまいたい気持ちと、死んだら困る気持ちと。複雑な感情のまま痩せた体を抱きかかえ、ベッドへと運んだ。




「本当に、熱なんて出しやがって」


 ベッドに手をついて、その額に手を当てる。とてつもなく熱いのに、手足は凍ったように冷たい。よく見るとあかぎれはそのままで、軟膏の塗られた跡はなかった。


「結構あるな。粥でも作るか」


 死なれたら困る。何か、なんでもいいから食わせないと。シセルズはそう思ってすぐに台所に向かった。粥なんて作った事ない。昨日の残り、セフィライズが食べなかった分を鍋に入れて、水を入れて煮るだけ。これで粥になるはずとかき混ぜた。

 出来上がったそれを持って、虚な目の弟の前に持ってくる。


「ほら、口を開けろ」


 指示された通り開いた口に、シセルズはスプーンで雑に粥を突っ込む。


「あれ、粥ってこんなんだっけ? 大丈夫か?」






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