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外伝 特別な王様 1

セフィライズ6歳 シセルズ15歳 

アリスアイレス保護後すぐあたりと二章外伝の後あたり。




 アリスアイレス王国の寒さに慣れるのに時間がかかった。

 外を歩くと空から舞い降りる白い雪。捕まえるように手を伸ばし、握りしめるともう消えてそれはない。どこまでも続く白は、彼らの故郷と似た景色だというのに、全く違う。別物の世界。


 はぁ……と息を吐くと、白いもやが風にかき消されていく。その横で、シセルズの胸より下、か細く痩せた自身の弟もまた、指先を温めようと息を吐いていた。指先は赤くなり、関節の辺りはあかぎれで血が滲んでいるのを無心に擦り合わせている。

 シセルズの方が歩幅が大きく足が早い。少し離れては追いかけ、少し離れては追いかけを繰り返し進んでいた。どさりとわかりやすい音がして振り返ると、雪が薄く積もる地面へと転けたセフィライズが立ち上がりながら服を払っている。


「何してんだよ」


 面倒くさそうに立ち止まり、ついてくるのを待つ。胸元から腹下までの服はべっとりと雪と泥で汚れてしまっていた。


「あーあ……まぁ、いっか。ほら来いよ」


 どうせ今から風呂に入りに行くのだ。いつもはログハウスにある打たせ湯で済ませるのだが、どうやら弟が体の洗い方をいまいち理解してないという事実に気がつき、城内の公衆浴場を借りる為にわざわざ寒い外を歩いている。

 セフィライズのか細い腕を無理に引っ張ると、簡単に体がくっついてきた。相変わらず二言三言何かを言う事もあるけど基本話さない。どこを見ているかわからない。壊れた人形のようだ。







「全部脱げよ。風呂の入り方教えるから」


 セフィライズは指示通り服を脱いで畳む。あまりにも痩せっぽっちなものだから、飯もちゃんと食べさせねぇと、とシセルズは頭をかいた。


 公衆浴場は広く巨大な内湯と外湯に分かれている。この時間、まだ誰もおらず貸切の状態だった。石鹸を見せて説明し、泡立てて体と髪の毛の洗い方を教える。


「いいか、戻ったらいつもの風呂でも同じように体洗うんだぞ。できるか?」


 頭の上から湯をたっぷりかけながら言う。一言も喋らないが頷いたので、おそらく理解したのだろう。そのまま手を引いて内湯に入れてやると、そのお湯を不思議そうに見ている。顔に張り付く銀髪も、虚な銀の虹彩も。ずっと、白き大地で見てきた姿のままだ。



 そんな急に、兄弟なんでできない。


 アリスアイレス王国に保護されてから数日が経って、シセルズが最初に思った事だ。今まで散々、物扱いしてきたのだ。

 父親が手に入れた大切な大切な『世界の中心』の容器。その力が必ず宿っているはずだと信じて疑わなかった彼らの父親は、ずっとその血液に大量のマナがあり、王の写本(トリスメギストス)をさらに進化させる事ができると思っていた。

 この白き大地に新たな世界樹を芽吹かせ世界を救うのだ。狂信に近い言葉を並べ、それをシセルズにも何度も何度も何度も繰り返し伝えてきた。

 だから同じように扱っていた。もう洗脳に近かったのかもしれない。これは人間じゃない。ただの人の形をした容器だ。現に感情もなくまるで生きていない。ほとんど話す事もなく、何をしても声を上げる事もない。


 風呂に浸かる痩せこけたその肌は、未だはっきりと傷跡が隆起し線を走らせている。首筋に少し残るナイフの痕跡は、あの時……焼け落ちる神殿で彼らの父であるコーデリウスが狂ったように叫びながらつけた、最後の印だ。

 シセルズはその傷に指を伸ばした。触れるとやっと顔をあげたセフィライズと目があう。もうシセルズは既に髪も目も、色を変えてしまった。だからその銀の虹彩に見つめられると、なんだか物凄く不快になった。


「俺は、お前とは違う」


 特別だった。生まれた時から。

 邪神ヨルムの封印を左目に受け継ぎ、次の王はお前だと父親から宣言された時の高揚感はまだ覚えている。


 ーーーーお前が二十歳になった時、あの容器から『世界の中心』を取り出して、この大地に再び世界樹を呼び起こそう。


 父親であるコーデリウスが嬉しそうに肩を叩いてその話をしたのは、白き大地がリヒテンベルク魔導帝国に蹂躙(じゅうりん)される、ほんの数日前の事だ。

 即位と共に栄光が戻るのだ。お前が世界を救うのだ。そう何度も何度も繰り返し伝えてきたコーデリウスの目は狂気に満ちていたというのに。その時のシセルズには気が付かなかった。同じ毒に侵されていたからだ。そしてそれは、今でも。


 俺は特別なんだ。


 その感情が、まだ抜けない。全てを無くしてしまったのに。まだ。


「おい、もう上がるぞ」


 だからまだ、すぐに兄弟なんてできるわけもなく。シセルズは未だに、セフィライズにどう接していいかわからないでいた。




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