36.道の途中編 告白
不死者の群れに殺された白き大地の民を葬る。
幼い子供から大人まで十人ばかり。数少なくなった民族にとっては痛い。彼らの死体はウルズの泉のそばに集められ、生き残った全員が葬儀に参列していた。
列の一番端にスノウは立っている。彼女にタオルを渡してきた小さな女の子もまた、静かに目を閉じ白い肌をさらに白くさせ地面に横たわっていた。
「いつもはわたくしが送りますが。ぜひ、お願いします」
セフィライズはマリニウスから儀式用の小さな短剣を手渡された。白金でできた素朴なナイフを受け取り、その整列した死体の前に立った。
彼にとって白き大地の民を自身の手で送るのは初めてだ。
遠い昔、死体になっていた白き大地の民を発見した。弔い方のわからないセフィライズの隣で、木の枝を短剣の代用品としてシセルズが送っていたのを一度見ただけだ。その時に、言葉を覚えるようにシセルズから強く言われた事を思い出した。
既にセフィライズは言葉に出さずとも魔術を発動する事ができる。しかしこれは儀式だから。彼はナイフで自身の手を切り、その血を握りしめながら言葉を発するという事だけに集中した。
「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズの子。全てに祈りを捧げ、その魂は輪廻に戻り肉体は世界に還る。今この時、我らはみな、世界の中心」
最後の言葉を発する時、白き大地の民の肉体を送るという強い意思を込めた。綺麗に並べられた彼らの死体が、マナに変換され消えていく。
淡い粒子が空へと昇る。木々の隙間からさす木漏れ日に混じり、灯火は世界に溶けていく。
スノウは息を大きく吸い込んだ。消えていく彼らの体と、その光の先を黙って見つめる。
音が、聞こえる気がするのだ。優しい、音が。
自然に指をからめ、祈りを捧げる。目を閉じ、深く深く。どうか、彼らの魂が安らかに。輪廻へと返りそしてまたこの世界で生まれた時、今よりもっと幸せでありますように。
セフィライズはその短剣をマリニウスに手渡し、しばらくその場所で泉の向こう側にある崩壊した石の扉を見つめる。参列していた者達は去り、スノウとセフィライズの二人がその場所に残された。
彼らの肉体は死ぬとマナに変換させることで跡形も残らず世界の一部になる。しかし人間もまた、死ねば土に埋められ世界の一部となるのだ。白き大地の民でも、人間でも、同じ事。
スノウは静かに彼の隣に並んだ。白き大地の民が横たわっていた場所に、今一度祈りを捧げる。セフィライズの顔を見上げると、いつも通りに見えるのに、いつもと違うように見えた。そんなセフィライズになんと言っていいのか、どうしたらいいのかわからない。
彼もまた、死ねばおそらくこうやってマナに変換され送られるのだ。体が残るスノウと、何も残らないセフィライズ。
「一角獣も、そのままにしておくのはよくない」
泉の端に横たわる一角獣のそばに、ヘイムダルが座っていた。先ほどから白き大地の民の葬儀をずっと黙って見つめていた彼とセフィライズは視線が合う。穴を掘り埋める事を告げるとヘイムダルは少し首を振ってから背を向けその場から去った。
二人で遺体を穴に入れる時、スノウはふと一角獣から角を持っていくよう言われた事を思い出した。それをセフィライズへと伝えると、彼もまた何か納得したような表情を見せる。
「一角獣の角は、一度だけ浄化の力を強大に増幅させるという。頂いていこう」
彼が腰に帯びていた宿木の剣を抜き、その角の付け根に刃を立てる。力を込めると簡単に角は落ちた。掘り返した土に汚れたそれを拾い上げ、軽く手で払いスノウへと渡す。
「ありがとうございます」
受け取りながら彼を見上げる。いつもの、彼だと思うのに。
その白い体に土をかけ、一角獣を葬る。盛った土の上に、何も飾るものがなかった。
「あの……」
「埋葬したら、手向ける花を探しにいこうか」
「えっと……はい」
振り返った彼が薄く笑う。それすら何か、違うと思った。
彼らは楔草が咲いている場所まで歩いた。張り出した木々の根を分け、少し先に進むスノウがずり落ちそうになると手を掴んで引く。気を遣ったのかスノウの前を歩き出したセフィライズは、振り返りながら手を伸ばした。
「手をとっていい。歩きにくいなら」
スノウは目が合うと、なんて言っていいかわからなくなった。彼の表情が、雰囲気が、全て。
なんだかとても、胸が苦しくなるのだ。
どうしたのですか、と聞けたら。
しかし、なぜか聞けない。それぐらい、辛そうに見えるからだ。
傷を、抉るのと同じ事にならないかと思ってしまうから。
楔草畑に足を踏み込む頃には、傾いた日が森林に遮られ少し薄暗くなっていた。地面からゆっくりと濃いマナの光が可視化され優しい色を灯しながら登りはじめる。
白郡の青。楔草を優しく照らし、まるで現実とは思えない幻想的な雰囲気が広がっていた。
スノウは少し進み、柔らかく登っていくマナの光に手を伸ばす。体に満ちるようなあたたかさが、胸に優しい重みを与えてくれる気がした。かがんで楔草を一つ摘む。振り返ると彼がスノウ姿を呆然と見ているのだ。
「セフィライズさん……」
「ん、あぁ……ごめん。花を摘むんだったね」
セフィライズもまたその場にかがみ、楔草の茎に手を伸ばす。スノウはその彼の目の前に移動して立った。
辛そうなのだ。やっぱり、とても。
それ以外の言葉が見つからない。
何をそんなに思い詰めているのだろうか。
「どう……どう、しましたか?」
意を決して、聞いてしまった。スノウは自分の喉元に手を添えて、大きく息を吸い込む。
「……何が?」
セフィライズは下を向いたまま、まだ楔草の茎に手を添えている。顔を上げることはなかった。
「どうしてそんなに……」
そんなに、思い詰めているのでしょうか。
「いえ、あの……元気がない様子なので」
「そんな事ない。でも……少し、疲れた」
楔草を摘んだ彼が立ち上がり、スノウを見て困ったように笑う。差し出されたそれを受け取ると、スノウはその花を胸元へと抱えた。
「……君を、巻き込んだ事を、申し訳ないと思ってる」
「わ、わたしは、巻き込まれたなんて思ってません! 自分の意思で、一緒にいます。だから……」
夜の帳が下りる頃、少し冷えた風が吹く。楔草が優しく揺れ、淡い光を灯すマナが空高く登っていくと、風に乱された髪をスノウは抑え、一瞬彼から目を離した。
「どうして……」
どうして、一緒にいようとしてくれるのだろうか。
彼の伏目がちな切れ長の目の奥に、どうしようもなく切ない色が見えた気がした。喉から絞り出すような声で問われ、スノウはまた胸が苦しくなる。
「どうして……は……その……」
スノウはキュッと体を抱きしめるように、肩を縮めた。楔草を握る手に力が篭る。
今は、声がでるから。
伝える事が、できるから。
ずっと、伝えないでおこうと思っていた気持ちを。しっかりとあなたに、届ける事が、できるから。
「……わ、わたし……が……」
顔が赤くなった。セフィライズが見れなくて下を向く。辺りが暗くなるとマナの光が強く感じた。
言わなくては。
後悔しない為に。あの時思ったはずだ。
あの雨の中、止めどなく流れる血と共に真っ青になって目を瞑り、そして動かなくなった彼を見て。
ちゃんと、伝えておけばよかった。
心から後悔した。
だから。
「わたしが、セフィライズさんの事が……好きだからです」




