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35.道の途中編 子供の頃





 子供の頃の話だ。





「本当に、熱なんて出しやがって」


 ベッドに手をついて熱で浮かされている自分を覗き込むのは兄のシセルズだ。その大きな色白の手が額に添えられる。少し冷たくて気持ちが良い。


「結構あるな」


 そういえば、この時はまだこの人の、名前すらも知らなかった。

 思い出をだどりながらとても懐かし気持ちになる。おそらく一番古いアリスアイレス王国での記憶の気がした。


「粥でも作るか」


 そう言っていなくなる兄に、その時は何も声を出せなかった。しばらくして戻ってくると、額に雑にしぼられた濡れタオルが置かれる。その後で口を開けるように指示をされ、素直に開けると粥というには少し難のある状態のものが入れられたのを、鮮明に覚えてる。


 お互いに、誰かの庇護下で暮らすことが当たり前だった。

 誰かの面倒を見ることも、ましてや料理なんてしたことがない頃だ。


「あれ、粥ってこんなんだっけ? 大丈夫か?」


 そう言って、顔を覗き込んでくるこの人は、一体誰だろうって……当時は。






 思い起こせばいつだったのだろう。

 子供の頃の記憶が曖昧で、不鮮明で、霧ががかっていて。

 よく思い出せない。


 手を引かれて、必死に走って。逃げて。



「お前は、自分が何かもう、わかってるんだろ?」


 そう質問されたのは、幾つの時だっただろうか。


「知ってる。人間じゃない」


「人間じゃないのは、俺も一緒だ」


 その時、兄さんは何を言っているのだろうと思った。自分だけが人間じゃないと思っていた。でも今ならその答えの意味がわかる。

 兄さんはもう、その時には知っていたんだろう。白き大地の民がマナから出来ているという事を。

 王位を継承する為の儀式で受け継いだ、黄昏を宿した左目。ずっと、ただ邪神ヨルムの封印を守っているだけだと思っていた。でもきっと、その時には理解していたんだろう。


 これは、いつか蘇るかもしれない魔術の神イシズの穢れた器の中に入る、魂の選定であると。


「もっと……もっとセフィに、未来を見てほしいと思う。残酷な事を言ってるのはわかってる。でも、足元ばっかり見たって、しょうがないだろ」


「何も打つ手がないのに。どうする事もできないのに。どうやって……」


 どうやって、希望を持てと言うのだろう。いつか、人より早く『世界の中心』に食い殺されてしまう器で、どうやって展望を描くのだろう。もう何もしなくていいし、何もいらないし、何もできることがない。

 ただここで、立ち止まって。ただ朽ちていくだけで、何が悪いんだろう。


「俺が、俺が必ず抗ってみせる」


「……無理だよ。もう、俺は……このままでいいから」


 このままでいい。何も、いらない。

 それでも、兄さんの目は強い光を灯して、真っ直ぐに見つめてくる。手を伸ばして、絶対に引き上げてやるから、という強い意志の籠った手が、肩に添えられた。


「兄ちゃんに、全部……まかしとけって」


 始まりがいつだったのか。もう思い出せない。

 どうしてこの人は、こんなにもずっと自分のそばにいて、支えてくれるのかわからない。

 何もしていないのに、何もすることができないのに。


 与えることがない自分に、無条件で渡されるもの。












 だからこれは、何もしようとしなかった自分のせいなのかもしれない。



 いつから、なのか。



 俺はいつから、裏切られていたのだろうか。









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