33.石の扉編 治癒
スノウは混乱のまま頷くと横たわるヘイムダルの体に手を当てる。彼は少しだけ首を動かしてスノウを見た。何かを伝えたそうな瞳をしている。それに頷き返すと、詠唱の為に声を出した。
「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣に身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり」
はっきりと彼女の声だった。スノウは久々に自分の声をきいた気がして、声を出すと言う事に戸惑いながら紡ぎ終わると、ヘイムダルの傷は塞がっていた。
「ヘイムダルさん。大丈夫ですか?」
「ヘイムダル!」
テミュリエが嬉しそうに飛びつこうとするのに、ヘイムダルは慌てて飛び起き少年と距離をとった。
テミュリエはその動きに驚いて浅瀬に尻餅をついてしまう。
「ヘ、ヘイムダル……どうしたの……?」
テミュリエは立ち上がりながら手を震わせる。ヘイムダルへと差し出し、一歩進むとまた彼が距離を取った。
「テミュリエ……もう、我はあなたとは一緒に、いられなくなりました」
「どうして? も、もう大丈夫でしょ? スノウのおかげで怪我が治ったから、もう大丈夫だよね!?」
「……あなたが」
ヘイムダルは苦しそうに首をふり、言葉を詰まらせた。
テミュリエが、神獣である一角獣の体を穢してしまったからだ。その心臓を抉り出す行為は、万死に値する神々への反逆に等しい。
「あなたが……神殺しの道に足を……踏み入れてしまったからです」
「だ、だって! そもそも一角獣は死にかけていたから! それにそうしないと、ヘイムダルが……!」
「……わかっています。でも……ダメなんです。我々は穢れのそばに存在する事は、できない」
もうヘイムダルと一緒にいる事はできない、という事だけは強く理解できた。
神獣である一角獣の心臓を抉るなんて行為が、どれだけ許されない事かわかる。でも、それでもあの時、そうしていなければ……ヘイムダルは助からなかった。
「助けたかった……俺は、ヘイムダルに死んで欲しく、なかったから!」
テミュリエは目の前にいるヘイムダルに、もう触れる事すら叶わない事実を知って、絶望したように大泣きした。それを見たスノウがゆっくりと少年へ近づき、一角獣の血でドロドロになったその体を引き寄せ抱きしめる。
「ごめんなさい……」
「だって、俺は……うわぁああ!」
ずっと一緒にいたいから。そう思ったのに。もうずっと一緒には、いられない。
セフィライズは目の前に立ち塞がったネブラに宿木の剣を振り上げた。ナイフを交差させそれを受け止めたネブラによって跳ね返される。
あれは邪神ヨルムという名の穢れたマナを膨大に取り込んだ元はイシズの器。リヒテンベルグ魔導帝国は、その事実を知っているのだろうか。
もし、すべてを理解した上で封印を解いているのなら。
「あれが何か、わかっているのか?」
剣を交えながら、セフィライズがネブラへと問いかけた。
「何かって? 邪神ヨルムだろ?」
あざ笑うその言い方に違和感を覚えた。本当は、違うと知っている。
「……誰が、教えた? 誰から聞いたんだ?」
そもそも邪神ヨルムという存在が、白き大地の中ですらほとんど失われている。だというのに、そもそも何故リヒテンベルク魔導帝国が知っているのか不思議で仕方なかった。封印を解く方法だって同じだ。外部から得れる情報ではない。
「誰から? フフッ、そうね……裏切り者がいるのかしら?」
ネブラは知っている。リヒテンベルグ魔導帝国は、全てを理解した上で封印を解いている。
邪神ヨルムという名の膨大な穢れたマナに汚染されたイシズの器。彼らはそれを意のままに操れるという確信を得て封印を解放しているのだ。
魂のないそれにはいる人間がリヒテンベルグ魔導帝国に協力してるとしか思えない。いまはもう殆ど失われたヨルムの事を、教えたその人は。
――――兄さんだ……兄さん以外、考えられない
「あはは、隙だらけだよ!」
動揺を抑える事ができなかった。ネブラのナイフが目と鼻の先を掠め、後ろに大きく飛ぶ。
どうして、何故。
セフィライズは胸元を強く抑えた。
どうしてあの人は、こんなにも自分の事を大切にしてくれるのだろう。
そうずっと思ってた。それでも、揺らぐことなく真っ直ぐ言葉を伝えてくれる。立ち止まるセフィライズに、諦めることなくずっと手を伸ばしてくれていた。
だから、信頼していたんだ。
兄さんの事を、ずっと。
違うと思いたい。別の誰かだと思いたい。
それでも、もう兄さん以外、ありえない。
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