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32.石の扉編 心臓




 ネブラは一角獣(ユニコーン)が現れたのを見てニヤリと笑った。


「手間が省けたよ。どうしようかと思ってたところさ」


 そう言った瞬間、ベルトからスローイングナイフを取り出し構えた。セフィライズは咄嗟に一角獣(ユニコーン)に向けてそれを投げるのかと思った次の瞬間。それは宿木の剣(ミストルテイン)を抱えて立ち止まるスノウに向けて放たれた。

 セフィライズは自分でも驚く程の速さでスノウの元へ走る。本当に、信じられない程体が軽く、そして気がついたらスノウの肩を抱き寄せ迫りくるナイフを手で握りしめ止めていた。


『セ……』


「大丈夫?」


 セフィライズはスローイングナイフを地面へと投げ飛ばしながら言った。自身の真横で見上げてくる彼女の目はかなり戸惑っていたが、うんうんと頷くのでホッとする。


 ネブラはスローイングナイフを投げた瞬間、今にもヘイムダルの枝角にスヴィーグ白く美しい角を当てようとしているところに向け槍を投げた。


 肉を裂く、嫌な音だ。

 それは見事にスヴィーグの首へと突き刺さった。


 スノウは一角獣(ユニコーン)が串刺しにされる様を見て口元に手をあて、宿木の剣(ミストルテイン)を地面へと落としてしまった。

 スヴィーグが倒れると同時に、森の奥から波動を感じる咆哮が上がる。木々を薙ぎ倒し、幹に何かがぶつかる音を立てながら現れたのは、人の三倍はあろうかという黒い粒子をまとった化け物——ウロボロスだった。

 ウロボロスは彼らの視界に入った瞬間立ち止まり、再び雄叫びをあげた。地響きのような人間の金切り声を集めた咆哮は耳に酷く残る。再び動き出すと、巨体は水を跳ね上げウルズの泉の奥、石の扉に向かって走っていった。


「ここにいて」


 スノウに声をかけ、セフィライズはすかさず宿木の剣(ミストルテイン)を拾うとウロボロスへ向かう。しかし目の前に立ち塞がったネブラによって遮られ、彼女へ白刃を振り上げ応戦した。獲物の無くなったネブラは小さなナイフを両手に持ち迎え受ける。









 テミュリエは目の前で、一角獣(ユニコーン)の首に槍が貫通するのを見た。吹き出す血と共にヘイムダルより二回り程大きな巨体が倒れ、水飛沫をあげる。


「スヴィーグ!」


 ヘイムダルは前脚を動かし、体を起こそうとした。しかし傷が痛み思うように動けない。吹き出した血をテミュリエが必死に抑えながら止めた。


「動いたらダメ!」


 スノウはすぐさま一角獣(ユニコーン)のそばへと走る。浅瀬の水を蹴飛ばしながら、彼の持つ宿木の剣(ミストルテイン)がネブラのナイフと擦れ合う金属音が耳に届いた。ヘイムダルとスヴィーグの間に座って、両方の角へと触れる。


『スヴィーグさん! 大丈夫ですか!』


 そう心に強く思うも、一角獣(ユニコーン)の白い角からは何も反応がない。苦しそうに口元が何度が動いただけだ。


 テミュリエは放心状態だった。ヘイムダルが倒れ、目の前で神獣である一角獣(ユニコーン)の首に槍が刺さったのだ。彼の知識でも、一角獣(ユニコーン)が治癒をもたらす事ぐらいわかっている。その存在が今まさに死に絶えようとしている。

このままでは、みんな死んでしまう。


「助けて……ヘイムダルを助けて!」


 我に返ったようにテミュリエは血に濡れた手でスノウの腕を掴んだ。何度も彼女を激しく揺らし、助けて! 助けて! と叫ぶ。


『わた、わたしは……』


 使えない。声が出ないのだから。


「……心臓……心臓だ! スノウ! 一角獣(ユニコーン)の心臓!」


 テミュリエはスノウが治癒術を使える事と一角獣(ユニコーン)の心臓を抉りその血を啜れば、声が戻るという話を聞いた事を思い出す。

 スノウは戸惑った。今まさに、死に絶えようとしている彼の体を裂いて、心臓を抉り出すのか。しかし、スノウ自身には到底そんな事はできなかった。


「俺がやる! だから、だからヘイムダルを助けて!」


 テミュリエがナイフを抜いてスヴィーグの元に進む。スノウは小さな少年のその手を取って止めてしまった。


「俺がやるから、離して!」


『ダメです!』


「どうせもう間に合わない! なら俺が心臓を抉るから、だから……ヘイムダルだけは、ヘイムダルだけは助けてよ!!」


 テミュリエはスノウの手を振り払い、スヴィーグの白い肢体にナイフを突き立てた。何度も何度も刺し、その度にスヴィーグがうめき声を上げる。

 スノウは顔を覆い、その惨劇から目を背けてしまった。


「心臓、ほら! スノウ、すすって!!」


 まだ幼い少年は体中真っ赤に染まり、ナイフで切った場所から手を突っ込み引きちぎるようにして抉り出された臓器。それを見せられ、スノウは思わず尻持ちをついて後ずさった。


「早く! ヘイムダルが死んでしまうから!」


 身をひくスノウへテミュリエは足元の水を激しく蹴り飛ばしながら近づく。彼女の口元に一角獣(ユニコーン)の心臓を押しつけた。

 生臭い、そして血の味が彼女の口の中に広がる。その瞬間、スノウの頭の中に声が聞こえたのだ。


 ーーーー血の契約はあなたが最後。ですが会えてよかった。穢れ無き子よ、私の角を持っていきなさい。一度だけ、全てを浄化する力を……


 体の中から全ての不純なものが洗い流されるような感覚。今まで感じたことが無い。

スノウは目を見開いてテミュリエの手を払うと首元に手をやった。


「ゲホッ……うっ……」


 咳き込みながら、はっきりと声が出たのがわかる。スノウは驚いて顔をあげると、救われたようにテミュリエが笑った。


「……やった。お願い、早くヘイムダルに治癒術をかけて!」





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