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31.石の扉編 暴走




「セフィライズ! 落ち着いてください!」


 隣でヘイムダルが叫んでいるが、遠く小さな声としてしか彼の耳には聞こていなかった。何が落ち着いて、なのかもセフィライズにはわからない。ただ、動けないのだ。身体中のマナが震えているような気がする。胸の奥から無限に湧いてくるそれが、血管を通って全てを満たしているような気がする。


「それ以上はダメです! 戻れなくなる」


 ーーーー 何が、


 何が、戻れなくなるのだろうか。



「消えたいのですか!」


 下を向いたまま動かない。ヘイムダルはうっすらと発光するセフィライズの体を押し倒した。岩の上から転げ落ちるように地面に倒れたセフィライズが、自身の手を見つめながら体を起こす。周囲を見ると、確かにいたはずの不死者がいない。あるのは大量に転がる人の死体だった。


「何が……」


 起きあがろうにもなんだか体に力が入らない。何もしていないはずなのに、マナが抜けてしまったと感じた。セフィライズは自身の体の変化と周囲の状況から、これを自分がしたという事に気がつくも理解できないでいた。

 今まで、こんなことは一度たりともなかった。意図せず広範囲に殺傷力の高い魔術を使う。そもそも意識しても使う事がないその魔術が、なぜ発動したのか。

 この大量の不死者をどうにかしないと。例えば魔術で何か。そう思ったのは確かだ。しかしそれを使おうとは思っていなかった。自身の魔術の発動に詠唱が必要なくなったのは既に事実が物語っている。だからといって、思っただけで、考えただけで発動してしまうのか。


 ヘイムダルはセフィライズの元へ駆ける。頭を下げ、枝角を差し出した。


「消耗したでしょう。触れてください」


 セフィライズはうつ伏せの状態から体を少し浮かすのだけで精一杯。目の前に差し出されたその枝角に触れると、ヘイムダルのマナが分け与えられ、体が軽くなっていく。


「おい原罪!」


 テミュリエの声がする方を見ると、宿木の剣(ミストルテイン)を抱えたスノウと一緒に走ってこちらに向かってくる。

セフィライズは起きあがろう、そう思った瞬間。隣で枝角を差し出していたヘイムダルが何かに吹き飛ばされた。振り返り、ヘイムダルを見ると泉の浅瀬に横たわる姿。裂傷から血が泉に広がっていく。


 ヘイムダルを攻撃したのは、突然現れたネブラだった。不敵に笑いながら槍頭についた血液を払う。


「ヘイムダル!」


 テミュリエの目には見えていた。森の中から女が一人飛び出して、長い槍を振りヘイムダルを突き払ったのだ。スノウに握られた手を振り払い、ヘイムダルの方へ走る。横たわる雄鹿に飛びつきしゃがんだ。


「なーんだ。坊や生きてたの? こんなところにいるなんて、偶然?」


 槍の矛先がセフィライズへと向く。彼はすぐさま立ち上がり、走ってくるスノウに止まるよう指示を出した。

 スノウは宿木の剣(ミストルテイン)を抱えたまま指示された通りその場に立ちすくむ。その周りの死体に目が止まり、一瞬身をすくめた。


「ほんと、死んだと思ったのに」


「それは、お互い様だな」


 セフィライズが崩落させた建物の残骸に紛れたと思っていた。ネブラが生きているという事は、おそらくリヒテンベルグ魔導帝国の宰相ニドヘルグも生きているのだろう。

 二人は互いに睨み合いながら膠着する。張り詰めた雰囲気が間に流れた。





「ヘイムダル、しっかりしてよ!」


「テミュリエ、大丈夫ですよ。かすり傷ですから」


 テミュリエは横たわるヘイムダルの傷口を必死に抑える。擦り傷なんて嘘だと思った。押さえても、押さえても、傷口から溢れる血が止まらない。


「やだよ、俺をおいて逝くのはやだよ! ひとりにしないで!」


 助けて。誰か助けて! テミュリエは心の底から願った。

 ヘイムダルを失いたくない。

 ハーフエルフである自身のそばにいてくれるような存在は彼ぐらいしかいない。


 テミュリエは大粒の涙を流し、それを何度も何度も服の裾で拭う。その時、泉の方から不思議な七色の淡い光を感じて顔を上げた。


 泉の周りにいた全員が、その光のさす方をみる。ゆっくりと、空間を割くようにそこから出てきたのは一角獣(ユニコーン)のスヴィーグだった。清らかな乙女の前にしか姿を表さないと言われる伝説上の生き物である彼が、横たわるヘイムダルのところに向かってくる。


「スヴィーグ、何故来たのですか」


 ヘイムダルには見なくともスヴィーグが現れたのがわかった。泉の上をゆっくりと歩き、ヘイムダルの方へ向かってくる。


「あなたの危機を察したからですよ」


「いけない……すぐに戻ってください」


「治療したらすぐにそうします」


 テミュリエは一角獣(ユニコーン)の姿を見たことがなかった。その神秘的な姿を見上げながら呆然と口を開けたまま固まってしまう。

















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