表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
282/384

28.休息と誓い編 憂い



 テミュリエはスノウから外の世界の話を聞けて、とても喜んでいた。まず雪を知らないから、冷たくて白いものが落ちてくるのが何かわからない。色とりどりの花も、この森にはない。食べたこともない食べ物、みたこともない景色。会ったことがない人間の話は、彼にとってとても刺激的なものだったようだ。


 スノウは声が出なくなった理由を濁す。一緒にみた壁の中の世界について、あまり話すことではないと思ったからだ。段々と不死者になっていく呪いにかかった事。それを浄化するには一角獣(ユニコーン)の心臓を抉り、その血を啜らなければいけないという事だけを簡単にまとめて伝える。


「治癒術が使えなくなる事が嫌なの?」


 スノウは首を振る。信仰の対象である一角獣(ユニコーン)への冒涜は許されない。いや、何かを犠牲にしてまで、生きながらえたいと感じるだろうか。

 一度死ぬはずだった彼の命を助けたという事実は、おそらく人として犯してはいけない禁忌に近い行為だ。だからこれは、自身に与えられた罰なのだと思う。

 本当は、怖い。本当は死にたくない、本当は生きていたい。彼と一緒に、生きていたい。


 気持ちは揺らいでいる。ずっとずっと、揺らいでいる。おそらくその時がきたら、後悔するのだろう。

 それでも、どうしても……。


「……ねぇ、スノウは。あの、あれの事……どう思ってるの?」


 途切れ途切れで嫌そうに聞いてくるテミュリエの言う、あれ、はおそらく。彼の事だとすぐわかった。


『……わたしは』


 新しい紙を、一枚。そしてインクをつけ、文字を綴る。



 大好きですよ、と。



 スノウは慌ててその文字を塗りつぶしなかったことにした。恥ずかしそうに顔を覆って、走り書きで内緒ですよと書く。

 声が出ないから、伝わらないだろうと何度か口にしてしまった言葉。でも伝わるかもしれないと思うと、こんなにも恥ずかしい。こんなにも苦しい。知って欲しいのに、届いてほしくない。


「……あんなのの、どこがいいの」


 テミュリエはぶっきらぼうに言った。スノウが嫌いですか? と綴ると、そうだよ! とやや大きい声で返ってくる。


「だって! だって……」


『大丈夫ですよ』


 不安そうな表情のテミュリエの手を握り、また微笑んでみせる。その後で、今度はテミュリエさんの事を教えてくださいと文字を綴ると、嬉しそうにスノウから奪うようにしてつけペンをとった。


「いいよ! 俺はね〜」


 嬉しそうに文字を書く。少年の、少し荒れた文字が可愛らしく見えた。








 セフィライズは地上へと降る途中、早々にマリニウスと鉢合わせになり、そのままずるずると今後の話という名の集会に参加させられた。

 内容は分かりきった事だ。今後の白き大地の民について。シセルズを呼び寄せたい、元の土地に戻りたい。それに対する問題の話をされ、正直今それどころではないのだが全て真面目に受け答えをした。


 どれぐらい時間が経ったかわからない。やっと話し合いが終わり解放された。セフィライズは王の写本(トリスメギストス)を片手にゆっくりとウルズの泉の淵を歩く。

 少し一人で考えたいと思って出たのに、また他に考える事ができてしまった。セフィライズは自嘲しながら泉の際にある岩の上にのり、その上に座って遠くを眺める。木漏れ日の向こう側に石造りの扉が見えた。ヘイムダルがイシズが眠る場所だと言ったところだ。


 正直、セフィライズ自身はスノウの事と『大いなる願い』の事で手一杯だ。白き大地の民が今後どうするかは、全部シセルズに丸投げしてしまいたい気持ちでいた。それには早々にアリスアイレスに帰国し、兄と話さなければならない。今までの出来事も全て話して、おそらく伝えたら怒って殴ってくるかもしれないけれど。

 セフィライズは兄の事を思い出し苦笑してしまった。もう会わないと思っていたのに、もう一度会えるのかと思うと嬉しかった。


 セフィライズは手に抱えて持ってきた王の写本(トリスメギストス)を広げる。それを膝に置き、背表紙に刺さったナイフに手を伸ばそうとした時。


「使われるのですか?」


 声をかけられ振り返るとそこにはヘイムダルがいた。彼はゆっくりと近づいてくると、セフィライズの隣に座る。イシズと共にいた頃の彼は、今よりも三倍程大きな雄鹿の姿だったが、今は普通の鹿より少し大きいぐらいだ。


「あのお嬢さんを救う手立ては、あなたが知る以上の事はないでしょう」


「それは、わかってる……」


 この王の写本(トリスメギストス)にいくら代価を払ったところで、スノウを助ける方法は一つしかない。しかしそれは、人の身で出来うる対応としての答えだ。


「私が……」


 イシズと同じ道を辿り、神々の深淵に触れる事ができるのなら。一角獣(ユニコーン)の心臓に頼らなくても彼女を救う事ができるのではないか。その疑問に、もしかしたら答えてくれるかもしれないと思ったからだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ