26.休息と誓い編 もう一歩
スノウは辛そうな彼の頬に、掴まれていない方の手を添える。下を向いている彼の顔をスノウ自身に向けさせた。あれは、セフィライズがしたのではない。魔術と創生の神であるイシズがした事なのだと、わかっている。彼の体の中の、おそらく『世界の中心』と共にいる存在なのだろう、と勝手に解釈していた。
でも、怖くなかったかと言われたら、とても怖かった。
不死者になったら殺してほしい、とお願いしておいて、いざ彼から首を締められた時。
それがセフィライズではないとわかっていても、とても。
完全に不死者になれば、自我がなくなり何もわからなくなるのだろうか。そうしたら、何も怖くないのだろうか。彼に剣を向けられても。殺意を向けられても、何も……感じなくなるのだろうか。
ーーーーあなたの事を、好きだという気持ちも。何も、わからなくなってしまうのでしょうか
『好きです』
彼の目を、はっきりと見て言った。おそらく声が出なくても、この短い単語なら、口の動きでわかってしまう。それでも、伝えたかった。
セフィライズはスノウから綴られた言葉が何かわかった。一瞬戸惑い、そして考えてしまったために間をあけてしまう。困ったように笑った。
「……あぁうん……ありがとう」
スノウは好きですを、彼が別の意味で捉えたのがわかった。その好きですは、心配いりませんよ、元気ですよ。あなたの事を嫌いになったわけではありませんよという意味に、彼が理解しているのだと。
その好きですは、愛しているの、好きです。だと、言えなかった。
セフィライズは微笑んでスノウの首元に再び触れた。一瞬申し訳なさそうな表情をしたが、すぐにやめた。これ以上は、彼女に無駄な心配と焦りを与えるだけだと思ったからだ。
『あ、あの。楔草の実を、たくさん持ってきたんですよ』
スノウは嬉しそうに手を叩いてテーブルの上に置かれた麻袋に手を伸ばす。中を彼に見せて、その白い菱形の実を摘んだ。それをすぐに口の中に入れて、おいしいというアピールに頬に手を当てて微笑む。そして再び実を一つ摘むと、彼に差し出した。
『セフィライズさんも、食べてみてください』
「……ありがとう」
テミュリエはセフィライズが差し出された実を食べるのを眺めながらため息をついた。なんだかセフィライズの事が気に入らないのは何故だろうかと戸惑う。
「どうしましたか?」
後ろ足を引きずるようにヘイムダルが部屋へと入ってきた。心配そうに背に触れる。
「なんか、俺……原罪のこと、嫌い……」
「他の白き大地の民が去ると思っているのですか? それとも」
「ヘイムダルが、取られた気がしてムカつく」
「大丈夫、我はテミュリエと共にいますよ」
ヘイムダルは苦笑した。慕ってくれている幼い少年が可愛く見える。
「宿木の剣は、回収しておきました」
ヘイムダルはセフィライズのそばに進んだ。彼の発言を受けて、スノウはテーブルの上に置かれた宿木の剣を持ちセフィライズへ手渡した。
「それは、イシズ様がお使いになられてたもの。扱えるのはおそらく、あなただけでしょう」
「……これは、何ができる?」
「時間と空間を切り裂き、分解し創造する。どんな穢れも討ち果たす。神々の剣です、その力はおそらく」
世界をも破壊しうるもの。世界を作り替えてしまえるもの。
「しかしこれは、わたしとの契約が必須となります。それがなければ、ただの剣でしかない」
おそらく宿木の剣は、強大な力ゆえにその代償も大きい。元はハーフエルフであるイシズが振るっていた剣だが、彼は神々と同等かそれ以上の存在となれるだけのものを秘めていた。
今はただの、過去の遺産。真に宿木の剣の能力を引き出すにはやはりヘイムダルとの契約が必要となる。
「……ヘイムダル。私と、眷属の契約をしてほしい」
宿木の剣を手に、セフィライズはその雄鹿の姿をしたイシズの眷属である彼を見る。その言葉の意味を理解したのは彼だけではない。その後ろにいるテミュリエも、はっきりと理解し凄く嫌そうな顔をした。
「我に、イシズ様への忠誠を破棄し、あなたの眷属に下れと仰るのですね」
ヘイムダルは後ろにいるテミュリエを見た。考えるように首をふり、もう一歩前に進むとセフィライズの前に枝角を差し出す。彼は素直にそれに触れた。




