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25.休息と誓い編 ごめん





 止められなかった。


 体の自由がきかない。セフィライズ自身の視界から、スノウの首を絞めるのをただ見ているだけ。抗えない、どうしていいかわからない。

 憎しみとか恨みとか、悔しさとか悲しみとか、そういった感情がが押し寄せてくる。それが自分自身のものなのか、イシズの感情なのかさえもわからない程に混ざり合って。


 ただ最後に、はっきりと。


 長い黄緑色の髪をなびかせた女性が、楽しそうに振り返って。その青緑色の瞳がとてもスノウに似ている。その人を見たとき、胸の中に愛おしいという感情がいっぱいに広がった。


 知っている。この気持ちを。




 目を閉じると、いつでも、どんな時でも。

 瞼の裏に焼きついて離れない。


 心の、もっと奥に刻まれた想い。







「僕は……今でも間違っていないと、信じている。そうじゃないと、気が触れてしまいそうだよ」


 セフィライズは気がつくと白い空間に立っていた。目の前にいるイシズは、肩を落として下を向きながら吐くように言葉を綴っている。


「……それでも、見てみたいと思った。この先の、選択を……」


 顔を上げたイシズは、どこか覇気のない表情だが今までにみたことがないほど穏やかに笑う。スノウに一瞬、彼女を重ねた。顔は全然似ていない、彼女の方が大人で、すらりと背が高くて。それでも、その同じ青緑色の瞳の強い色が、とても……とても彼女に、似ているから。


「僕は『世界の中心』に残った『大いなる願い』そのもの。運命は変えられない。終焉は必ず訪れる」


 セフィライズが死ねば現状の世界を破壊しマナに変換して『世界の中心』は発芽し、新たな世界創造する。それがイシズの残した『大いなる願い』

 既にもう発動しているそれは、誰にも止める事ができない。


「貴様にとってこの世界は、どんなのもなんだ?」


 その問いに、彼は少し考えた。いままでずっと、何もかもどうでもいいと思っていた。その頃なら、なんと答えていたであろうか。


「大切な人達が……生きていく、世界だ」


 イシズは少し間をあけて吹き出した。口元を押さえて笑い、憐れむような目でセフィライズを見る。


「そこに、貴様はいるのか?」


「……いない……かもしれない」


 白き大地の民が暮らしていける場所は、もうないのかもしれない。作るのはとても困難な道かもしれない。

 もし、世界樹を現状の世に芽吹かせることができれば、マナ不足は解消され居場所ができる。そして彼女が、大切だと思う人達が生きていく未来を、作れる。


「抗いたいと願うのなら」


 新たな世界樹を現状の世界に芽吹かせる事で崩壊を防ぐ方法を。


「貴様が、『大いなる願い』を書き換えればいい。『世界の中心』に僕より強い願いを。それには眷属との契約、正式な宿木の剣(ミストルテイン)の所有者になる事。ただそれは……」


 イシズは静かに言葉を吐いた。どこか遠くを眺めながら、時折懐かしむような表情を浮かべる。語られるその言葉をセフィライズは無表情のまま聞いた。





 あの頃の僕は、エイルと手を取り、この腐りきった世界を救おうと躍起になっていた。ハーフエルフがゆえに迫害を受けても。彼女の特殊能力が故に狙われても。


 この世界を存続させよう。守ろう。生きている人達が、いるから。そう思っていた。


 彼女が亡くなったあとも、その意志を継いでひたすらに、がむしゃらに。力を求め、浄化を求め。魂の輪廻の先、彼女が再び産まれる世界を、少しでもより良くしたいと。強く願っていた。


 懐かしすぎて、反吐が出そうだ。



 どうして、諦めたのだろう。


 どうして、立ち止まったのだろう。






「そこに、救いはない。それでも」


「それで、この先が……未来が、作れるのなら」


 大切な人が生きていく、この先を。




 いままで死んだような目をしていたのに。ずっと停滞していたというのに。いつからそんなにも、希望を捨てない、昔の自分を思い出させる目をするようになったのか。



「あぁ、せいぜい抗え……」
















 夢だったのではないだろうか。

 セフィライズは目を覚ました時、天井を見てそう思った。スノウとテミュリエが楔草(せつそう)の実を取りに行ったあと、眠ってしまったんだと思う程に、どこまでが現実でどこからが夢なのか理解できなかった。


「動くな! おい、お前はどっちだ!?」


 セフィライズが体を起こすと同時に、少し離れた位置でテミュリエがナイフを向けながら震えていた。その後ろで、スノウが困ったよう慌てふためいている。


『あ、あの。あの……』


 口をぱくぱくさせながら、テミュリエの肩に手を置いてナイフを下げるようにお願いしている。声が出ないので両手を激しく動かしている姿がとても可愛らしく見えた。


「ごめん……スノウ」


 すぐに彼女の首元に、布が丁寧に巻かれているのを見て謝る。わかっていたのに。イシズの強い力で体を支配され、スノウの首を絞めた感覚がまだ手に残っている。彼女が苦しむ表情も、口から漏れる息も、全部全部。まだ。


『あ、あの。大丈夫です。ヘイムダルさんから少し聞きましたので』


 『世界の中心』にイシズの意思が存在している事を。しかしそれ以上の事は聞けなかった。一緒に持って帰ってきたこの宿木の剣(ミストルテイン)はいったい何なのか。スノウにとってはわからない事だらけ。

 スノウは頭に枝角を手で作って見せた後、耳に手を当てて口を動かす。ヘイムダルから聞いたという動きだ。伝わっていないかもしれないと、もう一度それを繰り返した。

 

 セフィライズが胸元に手を当て下を向くので、スノウが一歩前に出る。それをテミュリエが心配そうに服の裾を掴んで止めた。

 スノウは微笑んでその裾をもつ手を離すように触れる。ベッドの上のセフィライズに近づいて、そばで膝を折ってしゃがんだ。彼の手をとり、文字を綴る。


『大丈夫ですか?』


「……あぁ、うん……スノウ、本当に……ごめん」


 セフィライズはスノウの首筋へと手を伸ばす。丁寧に巻かれた布の下には、おそらく指で圧迫した痕跡が残っているのだろう。また、自分のせいで彼女を傷付けた。今度は、自らの手で傷つけたのだ。


『わたしは大丈夫ですよ!』


 手をパタパタと動かして、元気さを示す為に腕を上下に伸ばしてみたりしてみる。満面の笑みで再び彼の手のひらに文字を綴ろうとしたのを握り返され止められた。


「……本当に、苦しい、思いをさせて……」


 手に残る感覚が消えない。首に爪をたて、圧迫した。目の前で、スノウが苦しんでいるのに止める事もできず。笑いたくもないのに酷い笑顔なのがわかる。彼女の吐息が、声がないのにわかる悲鳴が、耳に残って離れない。

 スノウはセフィライズを見つめる。本当に、後悔している表情の彼に、どうしたら大丈夫だと伝わるだろうか。声が出ないから、何も伝える事ができない。強く握られた手を、動かそうにも離してもらえなさそうだ。
















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