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24.宿木の封印編 まだ間に合う


 彼の名前を呼ぶように口を動かすのと、目の前でテミュリエがセフィライズによって蹴り飛ばされ、視界から消えるのは同時だった。


「うわぁっ!」


「テミュリエ!」


 ヘイムダルが空から駆け降りてくる。宿木の剣(ミストルテイン)を持ったセフィライズが、嘲笑いながらスノウへとそれを振り落とそうとする。雄鹿はその長い枝角で受け止めた。


「どうされたのですか、イシズ様! そのお嬢さんを何故!!」


 枝角が今にも折れんばかりに剣身を受け止め、ぎりぎりと音を鳴らしている。削れた部位から細かな光の粒子が上へと昇っていった。


「……僕は、間違ってない」


 スノウはヘイムダルとセフィライズのやりとりを見上げる。

 おそらく今、彼の体を動かしているのはあの壁の中で会った魔術と創生の神イシズだ。

 ヘイムダルが枝角で宿木の剣(ミストルテイン)を巻き込むように首を振り上げた。彼の手から離れたそれは遠くに飛ばされ地面へと落ちる。


「邪魔するな!」


 ヘイムダルは回し蹴られると吹き飛ばされた。楔草(せつそう)を薙ぎ倒しながら倒れる彼に、テミュリエが慌てて駆け寄り体をゆする。


「スノウ! 逃げて!」


 スノウが這うように背を向けけるも、イシズによって体を支配された彼の手がスノウの首へと伸びた。仰向けに地面へと固定され、首を折れんばかりに絞められる。しかしうめき声すら出ず、息が喉の奥底で擦れた音を出すだけ。

 首を絞める彼の顔が、見たこともない悪意に染まった笑みをしていて。彼の顔で、彼の声で。これがセフィライズではないとわかっているのに。苦しい。


「あぁ、どんな気分なんだ? 殺してほしいとほざいていたんだから、今でも後でも同じだろ?」


 イシズから見て、スノウがセフィライズを好きな事ぐらい、とっくの昔からわかっている。お互いの気持ちに気がついてないのは当事者のみだ。

 好きな男に殺せと願って、そして実際殺される気分はどうなんだと嘲笑った。


「死んでしまえ。貴様が死ねば、今度こそ……」


 今度こそ、同じ選択をするはずなんだ。僕は間違っていないんだ。



 苦しくて、息ができなくて。首を絞める彼の手に、そっと手を添えた。声が出ない。見上げる彼の顔が嘲笑いながらもどこか苦しそうに見えた。どこかで見た事がある表情だ。

 ずっと、ずっと昔。最初の頃の、彼と似ている気がした。


『だい、じょうぶ……です。間違って……いたら、やり直せ、ば、、いいんです』


 声は出ない。口を動かして、必死に想いを届けたい。


『まだ、間に合うから』






 ーーーーまだ間に合う。だから……そこで見ていて



 あの時、彼女を止めていたら。

 何もしなくていいって。行かないで欲しいって。

 一緒に、考えよう。一緒に生きて、何か別の方法を模索しようって。どうして言えなかったんだろう。

 それしかないって、決めつけて。仕方ないって諦めて。


 結局彼女に、全てを押し付けてしまったんじゃないのか。


 彼女が死んだのは、あの時止めなかった、全部自分のせいなんじゃないのか。




 スノウの口の動きが、イシズの中でエイルと話した記憶を呼び起こした。

 同じ目の色で、同じ芯の強い輝きを秘めている。スノウに見上げられ、彼はゆっくりと彼女の首を絞めるのをやめた。震える手を持ち上げて、戸惑いのまま体を抱く。


 スノウは息ができるようになり、激しく咳き込みながらゆっくりと体を持ち上げて、目の前の彼を見た。唇を震わせて、戸惑いと混乱で苦しげな表情を浮かべている。


「間違って、いたのは……僕、なのか……」


『大丈夫、今から……一緒に……一緒に……』


 セフィライズの体を動かす、震えるイシズの手をとって、そのてのひらに文字をつづる。


 一緒に、もう一度。諦めないで。


 書かれた言葉を理解し、手を握り絞めた。真っ直ぐ起き上がったスノウを見つめ返す。彼の透き通った美しい銀の瞳の奥に、黄昏の灯火が揺らいだ。


「エイル……」


 もう一度、君に会いたい。ただもう一度。





 その瞬間、彼の体はスノウの目の前で崩れ落ちた。スノウに覆いかぶさるようにして倒れた彼の体を抱きしめ受け止める。意識を無くした彼の目尻にはうっすら涙が浮かび、筋となって流れた。


 彼の中にいるイシズは、いったい何を思っているのだろうか。彼は何を間違えていないと信じたかったのだろうか。スノウには全く計り知れない事だ。それでもどこか、最後の瞬間満足した表情をしたように見えたのはきっと、気のせいじゃないと思いたかった。


 いつか、ちゃんと会話できる事があれば。

 魔術と創生の神が何を想い生きてきたのか、知りたいと思った。
















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