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23.宿木の封印編 楔草の実



 生きやすいかと言われれば、正直そうではないと思った。マナが減って、作物が育たない地域が増えた。自然に、誰も意識しないぐらい少しずつ衰退している。それを誰も止めることができない。

 生きることに必死になる人が増えた。自分と周りさえよければ後はどうでいい。個人に視点を向ける人が増えているように感じる。国家も他国との友好を表面上取り繕ってはいるが、視線は内向的なっている。

 貧困、飢餓、息苦しさ。そのせいで、大多数がよければ少数は切り捨ててもいい、という考えがまかり通っている。その状態でハーフエルフであるテミュリエにとっての外の世界は、気持ちの良いものではないだろう。


『生きるのが、大変です。でも……』


 人と違う、異端の人種にとっては息苦しい世界。セフィライズの後ろから垣間見た世界は、本当に辛いものだった。それでも、言葉を重ね、会話を重んじれば変えられるはずだ。人を疑う事から始めるんじゃなくて、まずは信じてみる事から始めたい。


『わたしは、これから素敵な世界になれると思います』


 今は辛くても。必ず、明けない夜はない。


 スノウがテミュリエの手に、大変だけれども素敵になれるはず、と綴る。不安そうな顔をしていた彼が少し笑った。


「あいつが来たから、白き大地の民は外に……故郷に帰っちゃうんだろうなって。そしたら俺、ここでヘイムダルと二人っきりになっちゃうから」


 スノウはそれを聞いて、確かにと思った。しかし現状の世界で彼ら白き大地の民が安息に暮らす事は少し難しいようの思う。だが、アリスアイレス王国の協力があれば、散ってしまった同族を集めて復興という話もあり得なくはない。

 テミュリエの手のひらに、どうしてここにいるのか、という質問を綴ってみた。スノウ自身あまりハーフエルフに詳しくはないが、人種として多くないこと、人間の世界にもエルフの世界にも居場所がない、忌み嫌われる立場にある事ぐらいは知っている。


「どうしてって……物心ついたらヘイムダルと白き大地の民と一緒にいたから、俺にはわかんないよ」


 ハーフエルフの寿命は長いといえど、テミュリエはまだ十二年しか生きてない。物心ついたらずっとそばにヘイムダルがいた。

 その時にはすでにリヒテンベルク魔導帝国に侵略され、逃げ延びた白き大地の民がエルフの森(ホルトゥラーヌス)に集落を作り住んでいた。本物のエルフに会ったこともない。白き大地の民の一部は交流があるようだが、彼らはこのエルフの森(ホルトゥラーヌス)の最深部にひっそりと暮らしているらしい。


「親が誰かもわかんないし。俺の家族はヘイムダルだけ」


 テミュリエは森林の奥深くを見つめる。大人へ少し上がっていく途中の、微妙な年齢だ。本当の家族も知らず森の中でヘイムダルと白き大地の民とともに暮らしてきたハーフエルフ。自分という存在が異端である事を理解している。そんな彼にとってヘイムダルと二人っきりになるという事実は、本当に寂しい事なのだろう。


「ねぇ、袋いっぱいつめた?」


『あ、はい。たくさん詰めました』


 スノウはテミュリエに布袋の中身を見せる。白い菱形の実が詰まっていた。


「じゃあ戻ろうよ。ヘイムダルが心配だから」


 スノウは笑ってしまった。テミュリエはいつも一緒に行動しているヘイムダルがセフィライズと一緒に残ったのが気に入らないのだろう。彼にとってセフィライズは自分から仲間を奪う悪役といった感じだろうか。


「ほらスノウ、早く行こう」


『はい』


 頭一つ分で同じぐらいの背丈になりそうな少年の手が差し出される。それを掴み立ち上がった。

 その時、木々の隙間をぬって低空を飛ぶヘイムダルがスノウの視界に入った。輝く軌跡が残るかのように優美な雄鹿の姿。指を差し、テミュリエに教えようとするのとヘイムダルが叫ぶのはほぼ同時だった。


「テミュリエ! お嬢さんを守って!」


 その瞬間、スノウはテミュリエに強く押し倒され、楔草(せつそう)畑の上に寝転がっていた。視界には覆いかぶさるテミュリエ。そして冷気を纏った疾風と共にセフィライズが剣を振り翳しそこに立っていた。

 スノウが見上げる彼は暗い影を落とし表情がよく見えない。彼の繊細な銀髪に見え隠れする瞳が、まるで別人のように冷たく、そしてその奥に黄昏の灯火を宿している。


「な、おい! お前っ!」


「チッ……ハーフエルフか」


 起き上がったテミュリエは腰からナイフを取り出す。しかしそれは簡単に宿木の剣(ミストルテイン)を使うセフィライズによって跳ね飛ばされた。空中を舞うそれがまるで鈍い動きのようにゆっくりと見える。楔草(せつそう)畑の上にさくりと刺さった。


「なんだ! お前の仲間じゃないのか!」


 地面に座り込むスノウへ振り返ったテミュリエを、彼女は見ることもできなかった。その後ろにいる彼を呆然と見上げる。


『セフィライズさん……?』


 おそらく彼女の声が出ていたら、恐怖で震えていたに違いない。







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