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22.宿木の封印編 絞首


 セフィライズは目の前に立つイシズが戸惑っていると思った。黄昏の色を瞳に宿し、それが揺らめいている。心臓を指差すイシズの手をとり、そして強く握った。


「どうして、迷う必要がある」


 もし本当に、いつでも終焉が迎えられるのなら。彼ならばいつだってその引き金を引けたはずだ。だというのに、まだこの世界は続いている。残り少なくなったマナを使い、瀕死の状態で生き残っている。そんな世界は、イシズにとって何にも価値がないのではないだろうか。

 ならばなぜ、まだ。続いているのか。


「本当は、エイルと過ごした日々が、思い出が……消えてなくなるのか怖いんじゃないのか」


「違う」


「白き大地の民に不死者を滅する力を与えたのは……自分が亡き後の世界が、存続してほしいと願っていたからじゃないのか?」


「違う!」


 魔術の基礎や体系を人間に残したのも。穢れてしまった自らの体をウィリに封印するよう願ったのも。ヘイムダルに宿木の剣(ミストルテイン)を託したのも。自らが作った白き大地の民に王の写本(トリスメギストス)を与えたのも。


 世界樹が無くなり新たなマナが生み出されなくなった世界でも、人間が強く生きて世界が存在すると思ったからじゃないのか。

 いつか誰かが、世界樹を芽吹かせに来ると信じていたからじゃないのか。

 絶望した。そう言いながら……本当はエイルと共に過ごした世界を、消したくなかったんじゃないのか。

 

「……そうか、貴様にはまだ……絶望が足りないのか」


 にやりと笑ったイシズが高笑いをあげる。セフィライズの腕を振り払い彼の首元に向け手を伸ばし掴んだ。


「あの女が、生きているから。スノウが生きているから」


 イシズの両手がセフィライズの首を絞める。それに抗うように手首を掴み返した。


「ほっといても死ぬからいいだろうと思っていたが……殺してやろう。僕と同じ絶望を味わえば、貴様も同じ選択を選ぶはずだ。この世界を、全て壊してしまいたいと望むはずだ」


「させ、ないっ……」


 セフィライズはイシズの絞首から逃れようと体を捻り、足で腹を蹴り飛ばす。それに反応して当たる前に手を離したイシズが後ろに大きく飛んだ。

 『世界の中心』に残る強い思念体の状態であるイシズには、スノウを殺せる術がない。セフィライズは宿木の剣(トリスメギストス)に手を伸ばそうとした。それを持ってこの場から出れば、おそらくイシズは何もする事ができないと思ったからだ。しかし。


「無駄な足掻きだな」


 背後から忍び寄るかのような冷気。伸びるイシズの白い妖美な指先が、セフィライズの顔を掴みそして引き寄せる。浮いているかのように軽やかに彼の体に取り憑いたイシズが耳元で囁いた。


「あの女を殺すのは、貴様だ」














 テミュリエとスノウは大地を這う根が今まで見たこともないほど入り組んで隆起している巨木の間を歩いた。テミュリエはそれを、いとも簡単に飛び越え進んでいく。スノウは彼に遅れて両手を使い、這い上がったり飛び降りたりしながらついていった。


「あともうちょっとだから」


『はい』


 テミュリエの素早さに肩で息をしながら進んだ。こんな時、一瞬彼を思い出す。歩きにくい道を進むときは、必ず前に立っている彼が振り返り、そして手を差し伸べてくれた。足元に気をつけて、そう言いながら微笑んでくれていた。

 思い出すと愛しくて、心が温かくなって、自然と笑みが溢れた。


「ほらついた。あそこ」


 テミュリエが指差す先、巨木の幹をぬった隙間から見えるのは木漏れ日さす空間だった。一面に露草色の壺のような形をした花、楔草(セツソウ)が咲いていた。

 テミュリエがさらに先に進む。遅れてスノウはその花園に足を踏み入れた。ふくらはぎの真ん中あたりまでの丈。実はどこかなと探すも、見当たらなかった。


「実はこの蕾みたいな花の中にある。こうやって、指で潰してみて」


 花を摘んだテミュリエが、目の前で花びらを擦るようにして指で押す。壺のように膨らんでいた花弁が外れ、中には白い三角錐のような形をした実が一つ、花柱の先にくっついていた。


「結構美味しいから食べてみてよ」


 テミュリエが先にそれを口の中に入れた。スノウも真似をして花弁を指で押し、中の実を取り出す。一口入れてみると、甘酸っぱくて爽やかな味がした。


『本当、美味しいですね!』


 スノウは美味しかったというのを伝えたくて、片手を振り回してみたり、頬に手を添えてみたりした。


「なんだよその、大袈裟な表現」


 テミュリエは無邪気に笑ながらスノウを指差す。そんなに変だったかと彼女が首を傾げるから、さらに楽しそうに笑った。


「変なやつ」


 ヘイムダルか白き大地の民しかいない世界で過ごしてきた少年から見ると、スノウの肌や目、髪の色が珍しく感じていた。それだけじゃない、どこか神秘的さを纏いながら生きている白き大地の民と違い、スノウはとても普通だ。それが物珍しいような……つまり少し、気になるのだ。


「ねぇスノウ、外はどんなとこ? 俺は、ここしか知らないから」


『外、ですか……うーん』


 話せない状態で表現するのは難しい。テミュリエから手渡された袋に実を詰めながら、スノウは考えた。


 


 

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