21.宿木の封印編 試作品
次の瞬間、目の前で見ていた残像が砂のように消え、セフィライズは再び白き大地に似た空間へと戻ってきていた。いまだ台座に埋まった状態の宿木の剣を一瞥する。
「貴様は『世界の中心』が何か、知っているんだろう」
耳元で残響のように聞こえる声ではない、はっきりとしたイシズの声だった。顔をあげると目の前に彼が立っている。
わかっている。『世界の中心』と呼ばれたこれが、一体何なのかを。
「……新しい、世界樹の種子」
「そう。僕が命を賭して、残存する世界樹のマナと自身の魂を使って種子を作った。僕はその種子に残った大いなる願いそのもの」
イシズは真っ直ぐに歩いてくると、セフィライズの心臓へと指差す。彼の体は次第に発光し、心臓付近から段々と透過していくと胸の真ん中に花が浮かんでいた。お椀型に開いたそれは薄い花弁が幾重にもなって美しい姿を見せている。
「それが新たな種子だ。僕が大切に保管し見守っていたというのに。欲まみれの貴様の父親が、マナが枯渇しているからと無理やりに引き抜き、そして貴様に埋めた」
胸の中に揺蕩うように浮かぶその花に触れるように、セフィライズは胸に手を当てた。
「これを芽吹かせれば、この世界は存続する……」
しかしこの世界に種子を発芽させるだけのマナはもう残されていない。それはセフィライズ自身が痛いほど理解していた。それを知った時、どうしようもできない事実から目を背け、もういいかなと全てを諦めていた。
「ふふっ、残念。言っただろう。僕は絶望した。エイルの全てを殺したこの世界を許さない」
イシズは再びセフィライズを嘲笑う。手で口元を押さえて、見下すような目を見せた。
「貴様の死が全ての終わりと知れ。そう言っただろう。発芽と共に残存する世界は消滅する。そして新たな世界が創造されるんだ。それが僕の、大いなる願い」
『世界の中心』の器となっているセフィライズの肉体の活動が終わる時、残存する世界全てをマナに変換し発芽する。そして誕生した世界樹と共に、新たな世界が作り上げられる。
「今一度、新たな世界でエイルと共に生きるんだ。今度は、何者にも迫害されず、マナを穢す人間のいない世界を」
イシズが言っていることが本当であれば、この世界そのものが消滅するという事だ。その引き金は、紛れもなくセフィライズ自身にある。
「僕と一緒に、新しい世界で生きよう。セフィライズ。貴様も世界には、ほとほと絶望しているだろう。私利私欲の為に人間は他者を簡単に傷つける。搾取され続けた側の貴様なら、わかるだろう」
「……断る。この世界には、まだ」
まだ、大切な人が生きている。そう言おうとした言葉を、イシズは遮った。
「安心しろ。新しい世界で作ればいいじゃないか。必要な分だけ僕が作ってあげる。白き大地の民を作ったように」
セフィライズは目を丸くしイシズを見た。目の前に立つハーフエルフの男は、満面の笑みを浮かべている。
「貴様らは僕の試作品なんだよ。手駒に噛みつかれるとは思ってなかったけど、最後に楽しいものが見れた。どれだけ時間が経っても、人間の変わらない醜い部分が」
イシズはセフィライズの中にある『世界の中心』と共に、ずっと見てきた。彼が生まれたその瞬間から、ずっと。イシズの見た世界は、自らの身に起きた出来事と大差なかった。白き大地の民というだけで人としての扱いを受けない。見た目が違うというだけで迫害される。価値があるからと騙され、襲われ、生死を彷徨った時の事も。
諦めて死んだように生きる事を肯定し、未来に希望を持つ事をやめていた。彼のその全てを。
「安心して。今度は、誰にも脅かされる事のない世界だ」
イシズが手を差し出した。一緒に新たな世界を創造しよう、と。差し出された手を見つめながらセフィライズは固まった。しばらくその手を眺め、そして真っ直ぐにイシズを見る。
「……違う。新たな世界で大切な人を作ったとしても、それはもう別の人だ」
「違わない。僕は彼女を作り出す事ができる。新たな世界で共に」
「……だとしたら、何故この世界で彼女を、エイルを作らなかった? 彼女が偽物だと、強く認識するからじゃないのか?」
死んでしまった人を作り出したところで、同じ世界ではそれは本人ではないとわかってしまう。虚しいだけだと、気がついてしまう。だからゼロから作って、無かった事にして。やり直したいんじゃないのか。
「新しい世界でやり直し生まれた彼女は、本当にその人なのか?」
それは全く別の、とてもよく似ている誰かではないのか。
イシズの言う通りならば白き大地の民はイシズが作り出した新しい生き物という事になる。今こうして生きている自分は、彼に作られた人間の模造品。そして同じように人間の模造品を大切に思う誰に似せて作ったとしても、共に歩んだ時間、一緒に作った大切な思い出、それらを分かち合った人ではない。どんなに似ていても、まったく同じだとしても、模造品でしかない。
「……言っただろう、この世界に絶望したと」
イシズは冷たい声で刺すような痛い視線を向ける。
「僕はこの世界を憎んでいる。終わらせたいと願っている」
「なら……どうしてもっと早く、終わらせなかった?」
イシズという存在が神話になる程の長い年月がたった。彼が種子を創造し、それが例え発芽に適さない状態だったとしても、時間が経ちすぎている。
壁の中で冥界の神ウィリが言っていた台詞が、セフィライズの中に鮮明に蘇った。
ーーーーもう機は熟した。いつでも終焉は迎えられるじゃろう
それは、既にいつでも新たな世界を創造するだけの準備が整っていたのに、踏み出せなかったという意味ではないのだろうか。




