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20.宿木の封印編 ミストルテイン



「この世界に救う価値なんて、ない」


「そんな事ない。世界は必ず良い方向に変わっていく。ハーフエルフでも、私のような異端の能力者でも。必ずみんなが幸せになる世界が来ると、信じているから」


 不安そうなイシズの手を握り、エイルはにっこりと微笑んだ。顔を近づけると彼の額にかかる長い銀髪を避け口付ける。その箇所を彼が恥ずかしそうに触れた。


「まだ間に合う。だから……そこで見ていて」


「わかった」


 スヴィーグはエイルをその背に乗せる。イシズのそばに立つヘイムダルへと歩み寄ると、額の一本の角を雄鹿の枝角へと触れさせた。


「スヴィーグ、気をつけて」


「ありがとうヘイムダル」


 お互いに挨拶を交わし、一角獣(ユニコーン)はエイルと共に高く舞い上がる。向かう先は今にも闇に埋もれてしまいそうな大樹。イシズは高台から遠くに向かい小さくなっていくエイルの姿を眺めていた。


 突然、眩いばかりの強烈な閃光が遠く小さく見えるエイルから発せられる。あまりの眩しさにセフィライズは目を閉じた。そして次に目を開けた瞬間、がらりと景色が変わっていた。



 セフィライズが立っていたのは、その巨大な大樹の幹の上だった。世界樹はその葉を落とすのをやめ、活力を取り戻したような青さがあった。禍々しかった黒い空は灰色の厚い雲に変わり、紫紺に染まっていた空気がなくなっている。

 セフィライズが前を見ると、横たわるエイルのそばに座り込むイシズが彼女の手をとって俯いていた。


「これで、少しは延命できたかしら」


「あぁ、十分だよ。あとは少しずつ、変えていこう」


 しかしその後、エイルの言葉は続かなかった。疲れ切った彼女は目を閉じ、そして。


 二度と目を覚ますことがなかった。








 その次の瞬間、再び視界が入れ替わった。エイルが命を賭して救った世界樹の根には枯れた葉が幾重にも折り重なっている。その枝の先には、もうほとんど葉は残っていなかった。それを見上げるイシズはセフィライズが柄へと手を伸ばし握ろうとした宿木の剣(ミストルテイン)を握っている。その傍には王の写本(トリスメギストス)を両手に抱えた冥界の神ウィリが立っていた。


「ウィリ、僕は思うんだ。やっぱり、人間はどうしようもないって。エイルが命に変えても守ろうとしたから、僕だって守りたかったんだ。この身に穢れたマナを集め、禁忌を犯し不死者となった人間を滅した。歩み寄ろうと対話も試みたよ。でも、駄目なんだ」


 枯れかけの大樹を見上げてイシズは笑う。死に瀕していた世界の延命を願ったエイルの為に、己の持つ全てを捧げた。本当に、イシズの全てをだ。

 再び世界樹が勢力を取り戻した事でマナが満ち溢れた世界。それを守ろうと必死に頑張った。せっかく満ちたマナを再び私利私欲のために使い穢す人間との対話を試み、わかり合おうと努力し歩み寄った。

 禁忌を犯し不死者に堕ちる人間を滅し、再び世界樹の命が脅かされないよう戦う。既に溢れてしまった穢れたマナを浄化する事ができず、自らの体に封じ込めるという策を講じた。


 イシズは自嘲しながら自らの手を持ち上げる。指先は黒く変色し、身体中から穢れたマナが黒い粒子となって発せられる。

 もはや自分自身の存在が、世界樹の命を脅かす穢れそのものになってしまった。

 ここまでしたのに、こんなにも頑張ったのに。結局は何も、変えられなかった。


「僕が死んだら、世界樹は新たな命を繋ぐ事もできず枯れるだろう。だから……」


 イシズが振り返ると巨万の軍勢が今にも彼を討ち果たそうと迫り来るところだった。世界樹を枯らす脅威の存在として認識されてしまった。彼を排除しようと、人間達が一丸となって戦いの狼煙を上げているのだ。



 イシズは世界樹の根の下で襲いくる人間を一人ずつ切り殺し、穢れに染まったマナを使い魔術を発動させる。自身の身を滅しかねない程の禁忌の力を使い一瞬にしてその命を消し炭へと変えた。


 人の魂が世界樹へと還っていく。音がないはずだというのに、耳をつん裂く咆哮が聞こえるような気がした。その輝きを、ウィリは黙って見送る。


 イシズが最後の人間に剣を突き立てる頃には、世界樹の枝先の葉は一枚残らず無くなっていた。

 

 今にも枯れそうな大樹の幹の上に転がる死体の山に向けウィリが王の写本(トリスメギストス)を広げる。死体は黒い粒子となって溶け、その本の中へと吸収されていった。そして残ったのは、虚な目で大樹を見上げるイシズだけ。


「おい、もう出てきていいぞ」


 イシズが大樹の根の隙間へと声をかけると、銀髪に銀色の瞳、肌の白い子供が数人出てきた。皆、目に光はなくまるで人形のように無表情だ。

 セフィライズはそれが、自身の子供の頃に似ていると思った。


「ウィリ、王の写本(トリスメギストス)をそいつらに渡せ」


「わかった。イシズ……もう、いいのか?」


「あぁ、もう……僕は疲れたよ。ウィリは……残った器を封印してほしい。世界を破壊する程の脅威だ」


 ウィリは黙って頷く。それにイシズは微笑み返した。再び漆黒へと染まる空から紫紺の空気を裂きヘイムダルが走り降りてくる。イシズのそばに降り立つと、その枝角を彼の前へと差し出すようにこうべをたれた。


「ヘイムダルは終わった後、宿木の剣(ミストルテイン)を頼む」


「かしこまりました」


 イシズは宿木の剣(ミストルテイン)を大樹へと向ける。その姿を見て、ウィリは一歩下がった。


「新たな種子を創造するため、現存する世界樹を無に還す。長く新たなマナが生まれない世界は、おそらく衰退しそして滅ぶだろう。でも……もうこんな世界はいらない。全部消えてなくなればいい。彼女の全てを殺した世界を、僕は許さない」


 目を閉じたイシズは、深く息を吸う。振り上げた宿木の剣(ミストルテイン)を、その世界樹へと強く突き刺した。


「僕は新たな世界を創造する」







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