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19.宿木の封印編 漆黒の渦



 ヘイムダルの案内で、セフィライズは巨大な幹の周りに張り巡らされた通路を下る。地表に降りると何人かの白き大地の民とすれ違い、挨拶をしながら進んだ。途中大樹の上から見えたウルスの泉の横を通る。その泉のずっと先に、石造りの大きな扉を見た。


「あれは?」


 前を歩くヘイムダルに問うと、彼は少し立ち止まる。


「……イシズ様がお眠りになっているところです」


 それは墓、という意味なのだろうか。セフィライズはその意味を問おうかと思ったが、ヘイムダルがすぐに歩き出し別の話を始めるので聞けなかった。


「あなた様はやはり、雰囲気がイシズ様に似ておられますね。『大いなる願い』を内包されているからでしょうか」


「『大いなる願い』? 『世界の中心』ではないのか」


「そうでした。まだご存知ありませんでしたね。ご案内したいのはこの先です」


 イシズの眷属であるヘイムダルは、おそらく彼の全てを理解しているのだろう。答えはおそらくこの先で聞けるはず。だからあえて、セフィライズは質問するのを控えて彼について行った。


 突然、セフィライズの背後から二羽の白鳥が真上を通り、ヘイムダルの背も飛び越えて行ってしまう。それを見たヘイムダルはセフィライズへと振り返り「少し走ります」と言った。

 その二羽の白鳥を追いかけるように、木々の根が入り組んだ大地を飛び越え走る。雄鹿のヘイムダルが身軽にその木々の隙間をぬって走るのに、何故か平然とついていけているセフィライズ自身に驚いていた。やはり、あの壁の中で泉の水をスノウから飲ませてもらってから、体の調子がおかしい。異常に体が軽い、そして想像以上に力がでる。本当に、浮いているかのように移動する事ができていた。


 しばらく走ると二羽の白鳥がある木の前で止まる。葉が生い茂る枝が歪に曲がり、球体の形を成していた。二羽の白鳥がお互い向かい合い、頭を下げその球体の木が生える地面へとくちばしをつけると淡い光となって消えた。


「こちらです。我は中に入れません。おそらくここに入れるのは、あなただけでしょう」


 ヘイムダルに促され、その白鳥が消えた場所に立った。目の前の球体に手を伸ばす。そこにあるはずの木には触れられなかった。何もない空間のように、向こう側へと行ける。


「帰って来られるまで、お待ちしています」


 セフィライズは戸惑いながら振り返ると、ヘイムダルはその場に座り頭を下げる。この中に答えがある、という意味なのだろうと察し、そこへ足を踏み入れた。


 壁に穴を開け、飛び越える時の感覚ととてもよく似ていた。

 踏み込んだその先には別の空間が広がっている。そしてそれは、とても白き大地にていた。白い砂、白い石、白い幹の木々が続く。そしてその空間の中央には白い台座に突き刺さる一本の剣があった。


宿木の剣(ミストルテイン)……」


 なぜかその剣の名前がわかった。懐かしさを感じる空間の中を進み宿木の剣(ミストルテイン)の刺さる台座まで近づく。足をかけ、剣の鍔に白い実と松葉色の二枚の葉が生えた枝が巻き付いているかのようなその剣の柄へと手を伸ばした。


『全てを知って、貴様が何を選ぶのか。とても楽しみだよ』


 柄を握る瞬間、耳元で囁くようなイシズの声がした。








 次に目を開けた時。それは知らない世界だった。

 空は紫紺に染まり、禍々しい黒い渦が世界を飲み込まんばかりに広がっている。稲妻が何度も激しい音を出して光っていた。遠くにとても巨大な木が見える。今までに見た事もない大きさで、うっすらと全体が発光していた。しかし弱々しく、周囲の黒に今にも押しつぶされそうだ。枝先の葉も異常に少ない。


 セフィライズの前に一人の女性が立っていた。萌黄色の長い髪をなびかせ、高台の下を覗き込んでいる。そこには体が鉄黒に染まりながら黒い粒子を全身から撒き散らす多くの人間が蠢いていた。セフィライズはそれを、まるでタナトス化した人間のようだと思う。


「エイル、本当にやるのか」


 イシズの声だった。エイルと呼ばれた女性が振り返る。その青緑色の瞳に宿る芯の強い光が、とてもスノウに似ていた。


「人間の為に、君を犠牲にしたくない」


「犠牲になんてならないわ。私は死なないから。必ず、あなたのところへ戻るから安心して。終わったら、次の手を一緒に考えましょう」


 漆黒の渦から光の線が差す。そこから一頭の馬と雄鹿が空を駆け走り降りてきた。額から長い角を生やした一角獣(ユニコーン)とヘイムダル。

 一角獣(ユニコーン)のスヴィーグはエイルのそばで止まると彼女の体にその体をぴたりと添えた。彼女もまた、彼の背を愛おしそうに撫でる。

 ヘイムダルはセフィライズの背後にいるイシズの横に立つ。しかしその姿はセフィライズの知るヘイムダルではなかった。普通の雄鹿の三倍はある大きさと、今よりも巨大な角は強く光り輝いている。四本の足には小さな羽が生えてきた。


「スヴィーグ。契約は終わったかしら?」


「はい。滞りなく」


「それはよかったわ。これで治癒術を使える子がこの世界に残る」


 エイルは微笑んだが、それを見てイシズが眉間に皺を寄せる。


「それは、君が死ぬ気だという事と同意じゃないか」


「もしもの時のためよ」


 イシズはエイルに歩み寄り、その手を握る。穏やかな笑みを浮かべる彼女に、不安そうな表情で言葉を発した。


「僕は、君以外何もいらないよ」


「残念、私はあなたとこの世界で生きていきたいの。だからまずはこの世界からどうにかしなくっちゃ」


「でも、エイルが死んだら何も意味がないじゃないか」


「死なないって言ってるでしょ。それに、この世界が無くなったら一緒にいる事もできなくなるのよ?」







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